莉桜はうちの母と仲が良い。素早く手を挙げ、嬉しそうに「行く」と返事をする。
「裕美子さんのご飯久しぶりだ~! 楽しみ!」
「大したものは出てこないと思うけど」
「そんなこと言って。あのご飯を毎日食べられる幸せに気付けないとは可哀そうな奴め」
そういうものなのだろうか。当たり前の日常から幸せを感じるのは難しいものだ。指摘されてはじめてなるほどそうかもしれないと思う。
相談した結果、莉桜は学校から直接うちに来ることになった。莉桜の母親の代わりに、今日はうちの母が校門まで迎えに来た。
僕は毎日自転車で通学しているが、車だとほんの数分で到着する場所に櫻田家はある。まあそれなりに立派な一軒家だ。
「ご飯できるまでもうちょっとかかるから、莉桜ちゃんは佑馬の部屋で待ってて!」
「了解でーす。さ、佑馬行くよ」
僕の部屋のはずなのに、何故か莉桜が先に階段を上っていく。昔から何度も来たことがあるから慣れたものなのだ。
「今日お兄さんは?」
「大学の友達と飲み会らしいからたぶん帰るのは夜遅く」
「よーし、じゃあ堂々とくつろげるね~」
莉桜はそう言いながら僕の部屋──正確には、僕と兄共同の部屋のドアを開ける。
男二人女二人の四人きょうだいに、それぞれ専用の部屋など与えられるはずもない。ちなみに僕から見て、兄・姉・妹がいる。
兄と姉はそれぞれ優秀で、妹は末っ子らしい愛嬌のある甘え上手。きょうだいの中で最も特徴がなく影が薄いのが僕だ。それでも強いて特徴を挙げるなら、家族ぐるみで付き合いのある莉桜と同い年で一番仲が良いという点だろうか。
その莉桜は部屋に入るなり、僕のベッドに腰かけ、宣言通り堂々とくつろぎ始めた。
「……莉桜。男のベッドに座るのは常識的に考えてやめておいた方が良いと思うぞ」
「何を今さら。あ、やだもしかして変な気起こしちゃいそう? あは、佑馬ってばいつから健全な高校生男子になったの~?」
これでも自分のことをそれなりに健全な高校生男子だと思っているのだが。