「菜々! 日野先輩と佐々木先輩いる!」
頭の高い位置で結んだポニーテールを揺らして、友人の京ちゃんが振り返った。
教室の窓から下を覗き込む彼女の視線の先には、体操着姿でグラウンドへ向かう二年八組の生徒がいる。
この学校は二年生から文系と理系に分かれ、一組から五組が文系、六組から八組が理系クラス。
中でも五組と八組はそれぞれ特進クラスとされていて、進学校であるうちの学校の中でも成績のいい人たちが在籍している。
二年八組といえば理系の特進で男子生徒が多く、イケメンクラスと名高い。
中でも目を引くのが、日野先輩と佐々木先輩のふたりが連れ立って歩いている姿だ。
日野先輩はアッシュブラウンに染めた髪をツーブロックにしていて、耳にはピアスがあいている。
アイドルのように目がパッチリしていて顔立ちが整っているし、本人も誰に対しても愛想がいいから、実際にファンクラブがあると言われるほど人気がある先輩だ。
対して佐々木先輩はどちらかと言えば寡黙で、少し近寄りがたい雰囲気。
サラサラの黒髪に切れ長の瞳、私より三十センチは高そうな長身で、日野先輩に比べると少し怖そうな印象だけど、彼もまた学校中の女子から絶大な人気を誇っている。
肩にブルーのラインが入った白い体操着に、シンプルな紺色のジャージ姿。普段ダサいと思っている指定の体操服だって、彼らが着るとおしゃれに見えてくるから不思議だ。
ふたりは仲がいいようで、よく一緒に歩いている姿を見かけるし、実際同じ中学出身なのだそう。
「日野せんぱーいって呼んだら、こっち向いてくれるかな?」
「京ちゃん、呼べるの?」
「いや、呼べないけどさ」
京ちゃんが小さく肩を竦める。
彼らの周りには同じクラスの女子四人が取り囲むようにして歩いているから、とても三階から声をかけるなんてできる雰囲気ではない。
もしそんなことをしようものなら、あの先輩たちから睨まれてしまいそう。
「学校のアイドル相手だと、ライバルが多いよぉ」
「大丈夫。京ちゃん美人だし、性格もいいんだもん。せっかく一緒の委員会で話せるようになったんだし、これからだよ!」
スラリとしたスタイルに目鼻立ちの整った京ちゃんは、外を歩くとモデル事務所からスカウトの声がかかるほどの美人さん。
けれど気取ったところがなく、高校入学後、引っ越してきたばかりで同じ中学の友達がいない私に声をかけてくれたのがきっかけで仲良くなった。
言いたいことはハッキリ言うタイプなしっかり者の京ちゃんと、思ってることをうまく伝えられない口下手な私だけど、なぜか気が合う。
一緒にいると楽しいし、なんだか自分まで明るくしっかり者になれた気がする。高校生活がこんなにも充実しているのは彼女のおかげだった。
そんな京ちゃんは、実はこれまで初恋もまだだったという可愛らしい一面もあって、今は日野先輩に初めての恋をしている真っ最中。
私も恋愛経験なんてないから話を聞くしかできないけど、京ちゃんの初恋が実ればいいなと願っている。
「菜々は? 佐々木先輩と付き合いたいって思わないの?」
「えっ、私?」
急に話を振られて、意味もなくドキッとする。
京ちゃんと喋りながら視線を窓の下に向けると、降り注ぐ太陽の光が佐々木先輩にだけ強く当たっているかのようにキラキラ輝いて見えた。
端正な容姿で人気の佐々木先輩だけど、注目されるのは外見だけではない。
理系の中でも特進クラスと言われる八組に在籍し、成績は常にトップクラス。
中学三年の時に県大会で優勝したという弓道を高校でも続けていて、この夏に引退した三年生から引き継いで主将になったらしい。
まさに文武両道。少女漫画にでてくるヒーローみたいな男子で、付き合いたいなんておこがましいことは思ったこともない。
私とは別世界の人。先輩とはいえ同じ学校に通っているのに大げさだけど、そのくらい遠い存在だ。
「だって菜々、よく佐々木先輩の方見てるし。好きなのかなって」
「ううん、違う違う! そういうんじゃないよ」
「えー? そうなの?」
好き、とか、そういうんじゃなくて。
ただ、怖そうな雰囲気を纏っているのに、実はとても優しいと知っているから、つい先輩を見かけると目で追ってしまうことが増えただけ。
私は心の中で自分に言い聞かせながら、ある出来事を思い出していた。
あれは高校受験の合格発表の翌日だった。午前中からの雨が止んだものの、まだ空はどんよりと厚い雲に覆われた寒い冬の日。
無事に志望校に合格したというのに、私の心の中はぐちゃぐちゃだった。
どうして? なんで?
悲しみや怒り、それを口に出せない自分への苛立ち、不安やもどかしさ、色んな感情が渦巻いて、周りどころか前も見ずにフラフラと歩いていた。
だから横断歩道の信号が赤なことにも、横から大きなトラックが猛スピードで迫っていることにも気付いていなかった。
トラックがけたたましいクラクションを鳴らしてようやくハッとした時にはもう遅くて、私は赤信号の横断歩道のど真ん中で固まるように立ち尽くした。
もうダメだ。このまま死んじゃうかもしれない。
そう思って身構えたのと同時に、バカな考えが一瞬よぎった。
これで家に帰らずに済むかもしれない。お母さんのところにいけるかもしれない。
今思い返しても、信じられない考えだ。そのくらい、突然お父さんから告げられた事実はショックだった。
けれど、トラックに轢かれて死ぬ未来は訪れなかった。
誰かが、私の腕を思いっきり引っ張って一緒に歩道に転がったから。
おかげで間一髪事故にはならず、トラックの運転手に窓から「危ねーだろ!」と怒鳴られるだけで済んだ。
その間、私は運転手に謝ることも、助けてくれた誰かにお礼を言うこともできなかった。
ただ自分の置かれている状況や、一瞬でも頭をよぎった恐ろしい感情や、それ以外にもたくさんのことが一気に押し寄せてきて、なにも言葉がでなかった。
その代わりに、呆然と見開く瞳から涙がぽろぽろと流れて止まらない。
路上に座り込んだまま、ただひたすら泣いた。
どのくらい時間が経ったのかわからないけれど、ようやく我に返って気付いたのは、助けてくれた誰かが、ずっと私を守るようにそばにいて、手を握っていてくれたこと。
二月の冷え切った空気の中、寄り添ってくれる体温や、握ってくれた手の温かさが、この時の凍りついた私の心を癒やしてくれた。
おそるおそる顔を上げると、目の前には私が合格したばかりの高校の制服を着た男子生徒がいた。
意志の強そうな眉に切れ長の目、私よりはるかに大きな身体も、普段あまり男子と接してこなかった私には少しだけ怖そうに見える。
迷惑をかけてしまったし、怒られるかもしれない。
私は不安に感じて縮こまったが、彼は躊躇いがちに私の頭にぽんと大きな手をのせて、安堵のため息とともに微笑んだ。
切れ長の目を少しだけ細め、すべてを包み込んでくれそうな包容力とでもいうんだろうか、そういう優しくて柔らかい表情だった。
頭の中が真っ白になって、彼から目を逸らせなかった。
喉の奥がキュッと絞られて、心臓がさっきまでとは違うリズムでドクドクと脈打っているのがありありとわかるくらい高鳴って、なんだか息が苦しくなったのを覚えている。
事故にならなくてよかったとホッとしたのとも、これまで心の中を占めていた苦しくてやりきれない感情とも違う、また別の言葉にならない感情だった。
『ごっごめんなさい……っ!』
恥ずかしくて、申し訳なくて、情けなくて、ただ謝るしかできず、私はお礼を言うのも忘れて、その場から走って逃げてしまった。
その二ヶ月後、高校に入学した私は、助けてくれた彼が学校で絶大な人気を誇っている佐々木先輩だと気付き、お礼を言わなくちゃと思いながらも、いまだにただ遠くから見るしかできないでいる。
いつも人の中心にいて、とても声なんてかけられないし、もしも先輩があの時の自分の醜態を覚えていたらと思うと、恥ずかしくて顔から火が出そうだ。
先輩の優しさや、握られた手の温かさを忘れられない。けれど近くでしゃべったりしたら、緊張と羞恥心で心臓が破れてしまうかもしれない。
事故に遭いかけたところを先輩に助けられた話を、京ちゃんには伝えていない。
だから今の私の感情をどう説明したらいいのかわからなかった。
「うーん、なんていうか、推しは遠くから愛でていたいというか……」
「えー、なにそれ!」
半分冗談、半分本気で言った言葉に、京ちゃんはケラケラと笑う。
〝推し〟なんて先輩に使うのは失礼かもしれないけど、この気持ちを京ちゃんのように恋心に昇格させるのは、正直怖い。
学校で一、二を争う人気者の先輩に対し、私は至って平凡な女子高生でしかない。
京ちゃんのように美人でもなければ、スタイルがいいわけでもない。
女子の平均身長に、太っても痩せてもいない体型。中学時代にソフトテニス部だったせいで肌は焼けていて白くないし、肩まで伸ばした髪は真っ黒で太いせいでスタイリングがしにくい。
顔立ちはよく小動物系だって言われるけど、人より多少黒目が大きいだけ。
成績も平均より少し上くらい、運動だって苦手ではないけど、すごくできるわけでもない。
きっと私という人間を文字で書き表そうとしても『特記すべきことなし』で終わってしまう。
卑屈になっているわけではないけれど、こんな私が佐々木先輩に恋心を抱いたとして、それが実る確率なんて、きっと宝くじが当選するよりも低い。
だからこそ、こうして遠目で見ているくらいでちょうどいい。
それに、どれだけ大切に想ったところで、それが永遠に続くわけじゃないって、私は知ってしまったから……。
気分が沈みそうになるのを、無理やり口角を上げて京ちゃんに笑顔を向けた。
「それより、二学期にはもっと日野先輩に近づけるように頑張るんでしょ?」
「うーん、なにから頑張るべきかなぁ。委員会が一緒なだけじゃ、あんまりしゃべる機会もないよー。なにかいい案ない?」
「えっ? なんだろう……部活と委員会以外、先輩との接点なんて思いつかないね……」
日野先輩は陸上部で、京ちゃんは美術部。運動部と文化部では、なにも関わりがない。
ふたりは同じ美化委員だけど、集まりは月に一度だけ。清掃区域やグループは学年で分かれているらしく、こちらも近付くチャンスはないらしい。
せっかく京ちゃんが私を頼ってくれたのに、結局なにもいい案が出せない自分がもどかしい。
それでも京ちゃんは「よし、じゃあもしも廊下で見かけたら話しかけてみる!」と意気込んでいる。
「うん。頑張って!」
応援するしかできないけど、彼女のこの健気な可愛らしさが日野先輩にも伝わればいいな、と本気でそう思った。
SHRが終わると、京ちゃんや友人たちと別れ、ひとり図書室へ向かう。
私が通う高校はこの地域ではかなり大きな学校で、校舎は北と南に分かれている。北校舎には一年と二年の教室があり、南校舎には三年生の教室と、理科室や調理室などの特別授業教室がある。
北校舎のさらに北側にグランドとテニスコート、ふたつの校舎の東側には体育館がふたつあり、さらに南の別館には図書室と講堂も併設されている。
去年創立二十周年だったらしく、比較的新しいコンクリート造りの校舎は綺麗だし、制服も紺のブレザーにグリーンのチェックのプリーツスカートでかわいいと評判だ。受験の時に調べた情報によると、この制服が着たくてうちの学校を選ぶ子も多いんだとか。
靴箱で革靴に履き替え、北校舎を出て南校舎を抜ける。職員用駐車場の向かいにある別館に入ると、右手にある講堂の扉の奥から演劇部が稽古をしている声がかすかに聞こえた。
反対の左側に歩いて図書室に入り、すっかり定位置になった一番奥の机にスクールバッグを置く。
下校時間ギリギリまでこの図書室で時間を潰すのが私の日課だった。
静かで利用する人も少ないし、ひとりで課題を済ませるのにちょうどいい場所だ。
(今日は数Ⅰと古典か。数学わかんないし、古典の訳からやっちゃおうかな)
今日の課題は伊勢物語の現代語訳。勝手知ったるなんとやらで古典の本棚へ向かい、伊勢物語を解説している本を何冊か取り出して席に戻る。図書室を利用するようになって初めて知った。ここは古文や漢文の答えの宝庫だ。
すると、ちょうど図書室の扉が開き、佐々木先輩が入ってきた。
この図書室で時間を潰すようになって少し経った頃、彼も週に何度かここに通っていることに気がついた。
先輩にも決まった席があるらしく、いつも私と反対側の奥の窓際に座る。中央の席に誰もいないと、私の位置からは彼の凛々しい横顔が見えた。
ひとりで来て、本を借りては真剣に読み、だいたい十五分程度で帰っていく。
小説を読むには短い時間だし、なにか調べ物だろうか。それにしては定期的に来ているし、つい気になってしまう。
先輩が図書室に来るたび、こっそり目で追っていると、彼の振る舞いにある違和感を覚えた。
佐々木先輩は近寄りがたい雰囲気があるけれど、それでもめちゃくちゃモテる。
図書室でも彼に話しかける人はいて、邪険にしてはいないけど、誰と話す時も常に一定の距離を保っている。人よりパーソナルスペースが広いのか、少し不自然なほど離れている気がする。
貸出カウンターで本を借りる時も、いつも手渡しではなくデスクに本を置き、滑らせるようにして渡している。相手の手に触れたくないという意思表示にも見えた。
あれは一体なんなのだろう。
好きじゃない女の子に触れたり触れられたりしたくない? でも男子の図書委員にも同じ対応をしていたから、もしかして潔癖症?
数ヶ月前に私を助けてくれた佐々木先輩の印象とはまるで違う。
あの時の先輩は、見ず知らずの私に寄り添い、ずっと手を握ってくれた。ようやく我に返って泣き止んだ私の頭に手をのせ、とても柔らかい表情で笑ってくれた。
けれど学校では、日野先輩と話している時以外はポーカーフェイスでクールな雰囲気だ。
なんだか佐々木先輩の違う一面を見たような気がして、もっと彼を知りたいという欲求が湧いてくる。
またしてもじっと佐々木先輩を目で追っていることに気付き、慌てて視線をノートに移した。
見ていたことに気付かれないよう、私は目の前の課題に集中しようと解説書をめくって目当ての和歌を探し出す。
『ちはやぶる 神代も聞かず 龍田川 からくれなゐに 水くくるとは』
授業でこの伊勢物語の主人公は、実際に存在した歌人、在原業平がモデルだと習ったけれど、稀代のプレイボーイと言われた業平が一体どんな歌を詠んだんだろう。解説書には恋の歌とも書かれてある。
『さまざまな不思議なことが起こっていたという神代の昔でさえも、こんなことは聞いたことがない。龍田川に紅葉が浮かび、真っ赤な紅色に水をしぼり染めにしているとは』
現代語訳を書き写しながら、なんとなく川が紅葉で真っ赤に染まった綺麗な情景だとわかるけれど、どこが恋の歌なのかと首をかしげる。私は興味を引かれて解説書を読み進めた。
そこには業平の、元恋人だった高子への切ない想いが込められていた。
(要するに、他の男性と結婚した高子のために業平が詠んだ歌で、彼女が人妻になり子供を産もうとも、その姿は見たこともないほど美しいって感じたのを比喩を使って表現したってこと……?)
なんてロマンチックな歌だろう。駆け落ちするほど大好きだった人と別れさせられ、その相手は無理やり天皇に嫁がされ子供まで産んだのに、まだ彼女を想い続けていたなんて。
この頃の業平は五十歳くらいらしい。その年になってもひとりの女性をずっと想い続けるのは、どのくらい大きな気持ちだったんだろう。
解説には諸説あると書いてあるけれど、私はこの解釈がとても気に入った。そのひたすら一途な想いの籠もった歌は、私の心に小さな棘を刺す。
(お父さんの、お母さんに対する気持ちは、どこに行っちゃったんだろう……)
ぎゅっと胸が苦しくなって、制服の胸元を掴む。
ダメだ。こういうのを考えたくないから家に帰らずに学校で時間を潰してるのに。
私は古典の解説書をパタンと閉じて視線を上げると、バッグから数Ⅰのノートと問題集を取り出した。
『次の関数のグラフを書け』
二次関数なんて習ったところで何に使うのかすらわからないし、数字とアルファベットが並ぶ数式を見るとげんなりしてしまう。
数学だけじゃない。古典や歴史、物理だって、この先、生きていく上で特に役立つとは思えないものばかり勉強させられている気がする。
校則だって厳しくて、髪を染めるのもピアスを開けるのも禁止だし、バイトをするのは許可制。学生って、なんだかとっても窮屈だと思う。
でも、学校は好きだ。
クラスメイトと他愛ないことで笑い合ったり、恋の悩みに頭を抱える友達を励ましたり、テストの結果に一喜一憂したり、毎日とても充実している。
勉強は好きとは言えないけれど、家にいるよりはいい。余計なことを考えるより、ずっといい。
私がx軸とy軸のグラフとにらめっこしている間に、佐々木先輩の姿はなくなっていた。
* * *
九月の終わり、残暑のキツい日差しも多少和らいできた。
木曜日の六時間目は一年から三年まで全クラスLHRで、今日は各クラスが十一月に行われる球技大会の選手決めをしている。
私の一年二組も例外ではなく、クラス委員の子が黒板に種目を書き、みんなが希望する種目の下に名前を書いていった。
男子はサッカーとバスケ、女子はバレーとバスケに分かれ、サッカーと女子バスケが午前中、男子バスケとバレーが午後に、学年ごとのトーナメント戦で行われる。
希望が偏った場合は公平にじゃんけんで決めたので、わりと短時間で終わり、担任の橋本先生は嬉しそうにしている。
私と京ちゃんは午前中のバスケに出場することに決まった。
クラスのみんなは黒板に書かれた名前を見ながら、うちのクラスはサッカー部が多いから、いいところまでいけそうだと盛り上がっている。
「菜々ちゃん、京香ちゃん、よろしくー」
「頑張ろうね!」
同じ女子バスケに出る美穂ちゃんと沙耶ちゃんが声をかけてくれた。
球技が苦手なわけではないけれど、バスケは体育でしかやったことがないから、どこまで戦力になれるのか怪しい。
放課後にみんなで練習できたらいいなと思うけど、それぞれ部活とか習い事があるだろうし言い出しづらい。
「足引っ張らないように頑張るね」
苦笑しながら答えると、京ちゃんが「できれば放課後に少しだけ練習できないかなぁ?」と言った。
「あ、それいいね。したい!」
「私も! バスケするの久しぶりだし、練習する時間ほしい!」
京ちゃんの言葉に、すぐに美穂ちゃんと沙耶ちゃんが反応した。
「え、いいの? 部活忙しいよね?」
「せっかくなら勝ちたいし! 曜日決めたりすれば大丈夫。私、顧問にボール借りられるか聞いておくよ。もしダメだったらマイボール持ってくる」
「ありがとう。じゃあ私は学校で練習できない時のために、広めの公園でバスケOKの場所見つけておくね」
「この近くにバスケのコートがあるんだけど、有料なんだよね」
「あー、あそこ。大学生とかが使ってるよね」
私の心配をよそに、三人でぐいぐい会話を進めていく。
私たちがそんなことを話していると、他のバスケチームの子たちも輪に加わり、参加できる子はみんなで練習しようという流れになった。
うちのクラスに女子バスケ部は美穂ちゃんしかいないけど、それでも運動神経のいい子が揃っているし、なによりみんなやる気だ。練習すれば勝ち抜けそうな予感がする。
なんだか楽しくなってきた。放課後が待ち遠しいなんて、高校に入学して初めてかもしれない。
早速明日から集まろうと話は着地し、各々部活へ行ったり帰りの準備をし始める。
私もいつも通り図書館へ行こうとしたところに、京ちゃんからトントンと肩を叩かれた。
「ねぇ、菜々」
「なに?」
振り返ると、京ちゃんが眉を下げてパンっと顔の前で両手を合わせる。
「お願いっ! 二年八組の教室についてきてほしいの!」
「えっ?」
唐突な願い事に意表を突かれ、反応に困ってしまった。
二年八組といえば、京ちゃんが片思いしている日野先輩のクラスだ。
同じ北校舎ではあるけど、二年生のクラスは一階と二階にあり、八組は二階。私たち一年二組は三階だし、特別教室は南校舎にあるので、一年生が二階に行くことはまずない。
それに二階は理系クラスばかりだから男子生徒が多く、一年女子の私たちがうろつけばきっと目立つし、なにより京ちゃん自身が人目を引くんだから、注目の的になるのは必至だ。
きっとそれをわかってて京ちゃんは私についてきてほしいと言っているんだろうけど、一体なにをしに行くんだろう。
もしかして……告白?
京ちゃんは思い立ったらすぐ行動派だし、それもあり得るのかも。
でもそれなら私がついていっていいのかな? よくわからないけど、そういうのはひとりで行ったほうがいいのでは?
頭の中でグルグル考えていると、京ちゃんが私の手をぎゅっと握って歩き出した。
「わわっ!?」
京ちゃんは私の手を引っ張って廊下に出ると、焦っているのか小走りになる。
「ごめん、時間がない! 消されちゃう前に行きたいの! でもひとりじゃ恥ずかしいし、お願い!」
「時間がないって? 京ちゃん、なにしに行くの?」
彼女の必死な様子に断る選択肢はなく、私もパタパタと足を進めて階段を下りながら尋ねると、小声で「……球技大会」と京ちゃんが呟いた。
「先輩が、なんの種目にでるか知りたいの。サッカーなら応援できないってさっき気付いて。もしそうなら、誰かバレーの子と代わってもらおうと思って……」
彼女の言葉に、なるほど、と頷いた。
サッカーも女子バスケも試合は午前中。日野先輩がサッカーを選んでいたら、自分の試合とかぶって、先輩の姿を見たり応援したりできない。
だからどっちに出るか確認して、サッカーだったら早めに誰かと交代したいと思ってるんだ。
申し訳なさそうに言う京ちゃんの顔は真っ赤になっていて、必死に恋をしているのが伝わってくる。
「ごめん。練習しようって言い出したのは私なのに」
「ううん、そんなの大丈夫。むしろ話を纏めてくれてありがとう。京ちゃんがいなかったら、遠慮して練習したいって言い出せなかった」
安心させるように微笑んで「それより早く行こう」と促した。黒板を消されてしまったら、確認する方法は本人に聞くしかなくなり、さらにハードルが上がってしまう。
「ちゃんと確認して、先輩のカッコいい姿を見逃さないようにしなくちゃ」
「ありがとう、菜々」
嬉しそうな京ちゃんに頷き、二階の廊下に足を踏み入れる。二年八組は階段から一番遠い、廊下の突き当たりの教室だ。
LHRを終えて部活に向かう先輩が多く、大きなスポーツバッグを持って階段に向かう男子生徒の波に逆らって歩く。校舎自体は三階と同じ作りなはずなのに、どこか雰囲気が違うのは、やはり男子生徒が大半を占めているからなんだろうか。
もちろん女子の先輩もいるけど、圧倒的に男子が多い。まるで男子校に忍び込んだ気分だった。京ちゃんも同じことを思ったのか、不安そうな顔で私の方を見る。やはり廊下を歩いているだけで四方から物珍しそうな視線を感じる気がして、緊張で肩が竦んでしまう。
それでもなんとか八組の前までたどり着き、そっと教室の中を覗いてみた。
ふたりして、こそこそと背中を丸めて廊下から中を窺っている様子は、他の人から見れば滑稽だったかもしれない。それでも私たちは、日野先輩の出場種目を知ろうと真剣だった。
LHRが終わって十分ほど経ったせいか、教室には数人の男子生徒しかいない。
人が少ない今のうちがチャンスだ。そう思って黒板に目を移すと、うちのクラスと同様、種目の下に出場する生徒の名前が書いてある。
男子の種目しか書いていないのは、きっと八組は女子の人数が少ないから、他のクラスの女子と合同でチームを組むためだろう。
チョークで書き連ねられた名前を順番に見ていったけれど、日野先輩の名前が見つからない。京ちゃんも隣で首をかしげている。
「……サッカーにもバスケにも名前がない」
「あれ? ここ八組だよね?」
私と京ちゃんは教室の扉を見上げ、二年八組のプレートを確認する。やっぱり間違いない。
「もう一回ちゃんと見よう。私バスケ見るから、京ちゃんはサッカーね」
「オッケー」
右端から順番に見ていくけれど、やっぱり〝日野和樹〟の名前はない。
「えぇー、なんでぇ?」
せっかく緊張しながら二年生の教室を覗きに来たというのに、お目当ての情報を得られず、京ちゃんは項垂れている。
すると、後ろから低く芯のある声がした。
「うちのクラスになにか用事?」
「ひゃっ」
突然低い声に話しかけられ、私は心臓が飛び出そうなほど驚いた。
別に他学年の教室に来てはいけないというルールはないし、いけないことをしているわけでもないのに、こっそり他のクラスの黒板を盗み見しているせいか、過剰なほど驚いて反応してしまった。
ビクッと肩が大げさなほど跳ね、息をのんだ音すら大きく響く。京ちゃんは私の反応に驚いたらしく、肩をぺしっとたたかれた。
彼女に心の中で謝りながら声の主の方に向き直ると、そこにはあの佐々木先輩が立っている。
え、え? なんで?
先輩だって八組なんだから、ここにいてもおかしくない。でもずっと遠くで眺めていただけの先輩が突然目の前に現れ、頭の中が真っ白になってしまった。
目の前の佐々木先輩はいつものポーカーフェイスで私たちを見下ろしている。
「あ、君……!」
先輩は私を見るなり、驚いたように手を口元に持っていく。
なに? なんでこんなに見られてるの?
もしかして、あの事故のことを覚えていて、迷惑をかけたのが私だと気付いた?
それとも図書室で毎回じっと観察してるのがバレてたとか? 知らないふりをしてたけど、実はずっと気付いてた?
心臓が嫌な音を立てて徐々に速くリズムを刻んでいく。
どうしよう、気持ち悪いストーカーみたいに思われてたら最悪だ。今すぐ回れ右をして、先輩の視線から逃れたい。
内心頭を抱えている間も、隣に立つ京ちゃんが私の腕を肘でつつくけど、先輩を前になにも言葉が出てこない。
きっと憧れの推しと話すチャンスだよ、と背中を押してくれているんだろうけど、とても会話なんてできそうにない。
事故のことも、図書室で佐々木先輩をよく見かけることも京ちゃんには話せていないから、私がなぜひと言も口をきかないのかと不思議に思っているだろう。
結局、京ちゃんに向かって小さく首を横に振り続ける私を見て業を煮やした彼女が、先輩の質問に答えてくれた。
「勝手に中を覗いてすみません。あの、知り合いがどの種目に出るのか知りたくて……」
「あぁ、なんだ。それなら中に入って見ればいいのに」
「え? いいんですか?」
佐々木先輩の視線が私から京ちゃんに移ったことでようやく正気に戻り、当初の目的を思い出した。
そうだ。日野先輩の名前を探さなくちゃ。
先輩の許可をもらったので、京ちゃんとふたりで教室に入り、もう一度ゆっくり眺めて〝日野和樹〟の文字を探す。
何度見ても、やっぱりない。
「ないね」
「うん」
小声でやり取りし、途方に暮れる。
ここは佐々木先輩に声をかけて、日野先輩のことを尋ねるべきかな。でもそれだと、京ちゃんが日野先輩を好きだってバレバレだし。そもそも佐々木先輩に話しかけるなんてハードルが……!
私が心の中で悶々と自問自答していると。
「もしかして、日野の名前探してる?」
再び後ろから声をかけられ、咄嗟に振り返った。
私の反応を見て図星だと思ったのか、佐々木先輩がわずかに顔をしかめた。
「あいつ、今日休みなんだよ。うちは男子が多くてどっちも人数足りてるから、本人に希望を聞いて好きな方のチームに入れようって話になったんだ」
佐々木先輩が説明してくれているけど、ほとんど頭に入ってこない。だって、淡々と話す声音はどこか苛立ちを孕んでいる気がするから。
あの事故の日に感じた優しさはなく、学校で見かける寡黙でクールな雰囲気というよりも、なんだか怒っているような……。
私は俯いて必死に考えた。
もしかして迷惑だったのかな? 教室に入っていいと言ったのは先輩だけど、やっぱり本人のいないところで出場種目を調べるなんて非常識だと思われてる?
それとも、学校のアイドルと言われる日野先輩のことだから、もしかして今日何度もこの話題を聞かれてうんざりしてるとか?
だとしても、やっぱり私は京ちゃんの恋を応援するために、日野先輩がどちらに出るのかを知りたい。
おそるおそる視線を上げ、長身の佐々木先輩を上目遣いに見上げると、彼はキュッと唇を引き結び、バツの悪そうな顔でボソリと呟いた。
「……ちなみに、今日野に聞いたらサッカー希望だって」
「えっ!」
佐々木先輩の言葉に反応した京ちゃんが、慌てた様子で彼に問いかける。
「本当ですか?」
「え? あ、ああ。今連絡したら、そう返信がきた」
「どうしよう、急がなきゃ」
京ちゃんは慌てた様子で佐々木先輩に「ありがとうございます。助かりました」と頭を下げた。
「ごめん、菜々。先に行く! あとよろしく!」
「……えっ!?」
私が一拍遅れて京ちゃんの言葉を理解した頃には、彼女はもう廊下をひた走り、階段の方まで進んでいた。
すぐに追いかけて行かなかったせいでタイミングを逃した私は、ぽつんと黒板前に取り残されてしまった。それも、目の前には佐々木先輩がいるままで。
一体この状況をどうしろって言うの、京ちゃん!
いくら心の中で文句を叫んでも、もう本人は教室に戻り、バレーを選んだ子に交代してくれないかと頼んでいるだろう。
もちろん彼女の恋を応援したいから、それは全然構わない。京ちゃんが、サッカーで活躍する日野先輩を目一杯応援できたらいいなと思うけど。
だからって私を置いていくことはないんじゃないかな!
「……なんだ、あの子の方か」
「えっ?」
京ちゃんの背中を見送っていると、後ろから笑い混じりの声がした。
「いや、なんでもない。パワフルだな」
振り返ると、先輩は先程とは打って変わって小さく微笑んでいる。なんだかホッとしているように見える柔らかな表情に、私の目は釘付けになった。
「もしかしてあの子、美化委員?」
「あっ、はい。そうです。橘京香ちゃん」
「日野が言ってた。同じ委員会の一年の子に可愛い子がいるって」
「え! それって京ちゃんのことですか?」
思いがけない情報をゲットして、つい身を乗り出すように聞いた。
「名前までは知らないけど、最近よく日野から話聞くよ。すごい美人で大人っぽいけど、中身が可愛いんだって」
一年女子の美化委員は八人いるけど、京ちゃんのことだと思いたい。もしかして、日野先輩も京ちゃんを好きだったりするのかな?
学校のアイドル的な存在である日野先輩の周りには、いつもたくさんの女子がいる。誰かと付き合っているという噂は聞かないけど、京ちゃんも言っていた通り、きっとライバルは多いに違いない。
彼女の初恋が実ってほしいと思っているけど、日野先輩はちゃんと誠実な人なのかな。京ちゃんが悲しむようなことだけは絶対に避けたい。なんて、モテる日野先輩に対する偏見はよくないけど。
「日野は、真面目だしいい奴だよ」
私の不安を見越したように、佐々木先輩が日野先輩について話してくれた。
「愛想がいいからチャラそうに見えるかもしんないけど、勝手に周りが騒いでるだけで本人は遊んでるとか全然ないし、誰かを悪く言っているのも聞いたことない。本当に……めちゃくちゃいい奴だよ」
佐々木先輩の言葉には実感が籠もっていて妙な説得力があり、本心から日野先輩の人柄を信頼しているのがわかった。
私が京ちゃんのおかげで高校生活を楽しめているように、もしかしたら佐々木先輩も日野先輩に助けられた経験があるのかもしれない。
先程まで感じていた気まずさなんて吹き飛び、私も負けじと京ちゃんを猛プッシュする。
「あの……京ちゃんも、日野先輩が言ってた通り、めちゃくちゃ可愛いですよ。サバサバしててしっかり者だし、美人だけど気取ってないし、本当にいい子なんです!」
両手でこぶしを握りしめて力説すると、佐々木先輩がまた小さくフッと笑った。
「なんか、俺らなにしてんだろうな。お互い友達のいいところアピールしたりして」
きゅうっと胸を締めつけられながらも、その笑顔につられて私まで笑ってしまった。
あの事故のことや図書室の話題も出ないし、きっと先輩は気付いていないんだろう。ホッとして少しだけ肩の力が抜けた。
「ほんとですね」
「君らがここに来た目的を考えれば、ふたりがうまくいくのは時間の問題だって言ってあげたいんだけど」
「……違うんですか?」
「さっき言った通り、周りが囃し立ててるだけで、日野はめちゃくちゃ奥手だと思う。可愛い子がいるって話、最初に聞いたの五月だぞ」
「京ちゃんも、委員会でたまに話すだけで精一杯って言ってました」
もう九月が終わろうとしている。クラスには夏休み前に告白して彼氏や彼女ができたとはしゃぐ子の姿もあったというのに、ふたりは互いに想いを秘めたまま進展する気配はない。
しかも、京ちゃんにとってこれが初恋。きっと彼女から積極的にアプローチするのは難しいと思う。
「……なにか私にできること、ないかなぁ」
京ちゃんは話を聞いてくれるだけでありがたいなんて言ってくれるけど、恋愛経験のない私ではアドバイスなんてできないし、本当にただ聞いているだけ。人形相手にしゃべっているのと変わらない。
もっと実のある応援をしたいけれど、なにをしたらいいのかも皆目検討がつかない。
「友達思いなんだな」
ぽつりと零した私の呟きを聞いた佐々木先輩が、しげしげとこちらを見つめてくる。あまり見られると、勝手に顔が赤くなってしまうからやめてほしい。その願いを口には出せないけど。
「そう……ですか?」
「そうだろ。日野の参加種目を聞きに、ここまで一緒に来たんだし。あ、名前」
「え?」
「橘さんの名前は聞いたけど、君の名前聞いてなかった」
今日たまたま偶然会っただけで、きっともう話すこともないだろうし、まさか名前を聞かれるとは思わなかった。私は動揺と照れくささが入り混じった気持ちで自己紹介をした。
「実は、先輩と名字一緒で……佐々木菜々です」
「俺の名前、知ってたの」
「うちの学校で、佐々木先輩と日野先輩を知らない女子はいない気がします」
「日野はともかく、俺は違うだろ」
肩を竦める仕草すらカッコいいのに、違うわけがない。これも、もちろん口には出せないので心の中にとどめておく。
「……テスト勉強とか、どう?」
「え?」
「テスト期間中は部活もないし、一緒に勉強するとか。日野とさっきの橘さん、俺と菜々の四人で」
いいですね!と返事しかけて、ふと気付く。
今……菜々って呼んだ?
女の子の友達に呼ばれることはあっても、男子に下の名前で呼び捨てされるなんて、小学生の頃以来だ。
じわじわと頬が熱くなっていくのを自覚しながら佐々木先輩を見つめると、「なに、だめ?」と問いかけられた。
それはテスト勉強の話? それとも呼び方?
どちらも嫌ではないから、ふるふると首を横に振る。
「じゃあ、ライン聞いていい? 俺と日野の予定がわかったら連絡する」
どうしよう、展開が早すぎてついていけない。
ずっと遠くから眺めてるだけの佐々木先輩に遭遇しただけでも心臓が壊れそうだったのに、その彼としゃべって、名前を呼ばれて、連絡先まで交換するなんて。
あれ、これ、夢かな?
なんだかふわふわと雲の上を歩いている気分のまま、スマホを取り出してIDを交換する。
〝ともだち〟の欄に『佐々木楓』が加わった。
アイコンは風景写真で、緑と紅の葉っぱが入り混じった大きな楓の木。とてもおしゃれで、自分のイルカのぬいぐるみのアイコンがとても子供っぽく感じて恥ずかしい。
それでも、自分のスマホに佐々木先輩の名前があるだけで、とても幸せな気分になる。
いや、違う違う。そうじゃない。舞い上がりそうな気分を慌てて押し止めた。
これは京ちゃんのため。京ちゃんと日野先輩の恋を応援するために、佐々木先輩が力を貸してくれているんだから。
「あの、佐々木先輩。ありがとうございます、協力してくれて」
私が、なにかできることないかな、と彼の前で呟いてしまったから、優しい先輩は協力を申し出てくれたに違いない。怖そうな雰囲気とか、クールな印象があるけれど、やっぱりとても優しくて素敵な人だ。
「楓」
「え?」
「名字同じだと、呼んでて変な感じだろ。楓でいい」
ぶっきらぼうな言い草だけど、見上げた先輩の耳が少し赤くなっているのに気付いてしまった。
やばい。心臓が壊れる。
尋常じゃないほど鼓動が速くて、きゅうっと絞られるような、くすぐったいような、とにかくじっと立っているのが難しくて、叫びながらごろごろ転がり回りたい気分だった。
「……か、楓、先輩?」
あまりの恥ずかしさに、めちゃくちゃ小声になった。それすらも恥ずかしい。
だけど、私の呼びかけに、楓先輩は頷いて小さな微笑みを返してくれた。