雲ひとつない晴天。眩しいほどの秋晴れの中、私は駅の改札口で楓先輩を待っていた。
同じ高校に通っているとはいえ、私と先輩では自宅の最寄駅の路線が違うため、合流地点であるターミナル駅で待ち合わせをすることにしたのだ。
待ち合わせの時刻まであと十五分。緊張でそわそわと落ち着かず、鼓動がどんどん速まっていく。
日曜日の朝九時十五分。平日の登校時間とは違い、サラリーマンや制服姿の学生などはほぼいない。
地元の駅とは違い、たくさんの人が行き交っているけれど、ひとりの人も連れ立って歩いている人も、この駅にいる誰も彼もが都会的で洗練されているように見えた。
私は自分を見下ろし、今日の服装を改めてチェックする。
ビックカラーの白いブラウスに、今日のために買った形の綺麗な膝上の台形スカートを合わせた。ブラウンのチェック柄が秋らしく、少し短いけれど中がパンツになっているので安心感がある。
上に羽織ったオフホワイトのカーディガンはショート丈で袖にボリュームがあるタイプで、これを着るだけで可愛い雰囲気になるからお気に入りの一着。
歩きやすいように足元はエンジニアブーツにして、バッグは財布とスマホなど最低限のものが入るショルダーバッグを選んだ。
雑誌で秋のトレンドやおしゃれに見える着こなしなどを参考にしてコーディネートを組んだけど、本当に正解かどうかはわからない。
髪も京ちゃんに教えてもらった通りに緩くサイドを捻って止め、黒髪でも重く感じず垢抜けた印象を目指した。
この街に馴染むとまではいかなくても、浮いてないといいなと願う。そうでないと、一緒に歩く楓先輩に恥ずかしい思いをさせてしまうから。
スタイリング剤で束感を出し、鏡の前で必死に作った前髪をいじりながら無駄に速まっている鼓動を落ち着かせていると、改札の奥に楓先輩を見つけた。
私との距離はおよそ二十メートル。人混みの中、彼はバッグから定期を取り出そうとしていて横顔しか見えなかったのに、それでも先輩だとすぐにわかった。
だって私の目には、楓先輩だけがキラキラと輝いて見えるから。
改札を抜け、周囲を見回した先輩が、壁際で立ち呆けている私に気が付いて片手を上げた。
白いTシャツに黒のスキニーパンツ、オーバーサイズのミリタリーシャツというシンプルな格好だけど、長身でスタイル抜群なおかげで、ファッション誌から飛び出してきたモデルさながらの出で立ちだ。
学校のダサい体操服だって着こなしてしまうんだから私服姿の破壊力たるや抜群で、まだ挨拶すら交わしていないというのに、私の心臓は限界まで速いリズムを刻んでいる。
手を振り返すこともできないまま、先輩が目の前までやってきた。
「おはよう。早いな。待たせた?」
「おはようございます。いえ、全然」
なんとか平常心を心がけて挨拶を返し、首を横に振る。
まだ約束の時間の十分前。私が早く来すぎてしまっただけで、先輩が遅れたわけじゃない。
待ち合わせのお決まりのやり取りをしていると、近くを通り過ぎる人がちらちらこっちを見ていることに気がついた。
ほとんどが楓先輩のカッコよさに思わず見惚れているハートマークがついた矢のような視線だけど、中には隣に立つ私を値踏みする鋭いものもある。
これほどイケメンでスタイルのいい先輩の隣にいるのが平凡な私だから、どういう関係なのか気になって見てしまうんだろう。
これまでの私なら卑屈になってしまいそうなところだけど、お守りにしている言葉を頭の中で再生する。
『〝なんか〟呼ばわりするなんて、菜々本人でも許せない。菜々を貶めるのは、菜々を大好きだって思ってる私のことも貶めてるのと一緒だよ』
京ちゃんが伝えてくれた思いが、私を少し強くしてくれる。
四方から感じる視線をシャットアウトして、意識して背筋を伸ばした。
せっかくふたりで出かけられるんだから。緊張しすぎたり卑屈になったりしていたらもったいない。
それに今日は勉強を教えてくれた先輩にお礼をしたいと思ってるんだから、ひとりで空回ってないでちゃんとしないと。
夕方まで一日中一緒だから、話題も考えておかないと話が尽きてしまうかもしれない。先輩を退屈させないように、少しでも楽しいと思ってもらえるように。
昨夜、何度もシミュレーションしたんだから大丈夫。下調べもバッチリだ。
「じゃあ、早速行くか」
「はい」
図書館で並んで勉強していたのが定着して、一緒にいると私の右側が先輩の定位置になっている。
なんとなく右手をそわそわさせながら、隣に並んで歩き出した。
待ち合わせした駅からふたつ先で降り、構内を歩いて長いエスカレーターを上ると、左手に大きな観覧車が見えた。
「わぁ、久しぶりに近くで見るとめちゃくちゃ大きい」
「何回見てもでかいよな。ここ来るの久しぶり?」
「たぶん小学校の遠足以来です」
「そんなに? じゃあ結構変わってるんじゃない? 巨大迷路とかARシューティングのアトラクションとかなかったし」
「先輩は……詳しいですね」
目的地である遊園地は入園料がかからず、アトラクションごとに料金を払うシステムになっていて、子供から大人まで一日中楽しめる。
きのうネットで調べた情報によると、巨大迷路ができたのはたしか三年くらい前だけど、ARシューティングのアトラクションはまだ一年も経っていない。
もしかして、彼女とデートで来てたから詳しいの……?
胸にモヤモヤとした感情が湧き起こり、ネガティブな感情に自分でも驚いた。
確認したわけじゃないけど、テスト週間中に毎日一緒に勉強したり、こうしてふたりだけで休日にでかけたりしているんだから、今現在楓先輩に彼女はいないと思う。
だけどこれだけカッコいいんだから、これまでに彼女のひとりやふたりいたっておかしくない。
わかっているのに、想像するだけでジリジリと胸が焦げ付く。
気になるけど、せっかく初めてのお出かけの日に元カノの話なんて聞きたくなくて、歯切れの悪い返しになってしまった。
付き合ってもいないのにヤキモチを妬くなんてお門違いだし、面倒くさいと思われたくない。
なんとか笑顔で乗り切ろうと無理やり口角を上げると、先輩が長身を屈めて私の顔を覗き込んでくる。
「な、なんですか?」
「どんな顔してるのか、見てみたくて」
「え?」
「変な心配しなくても、友達とだよ。中三になったばっかりの頃、受験が本格化する前に遊び尽くそうって毎週末ここに来てたんだ。だから俺も二年ぶり。菜々、俺がここに誰と来てたか気になってたんだろ」
図星をつかれ、ぶわっと体温が上がる。身体中の血液が顔に向かって上がっていくような錯覚に陥り、思わず両手で頬を押さえた。
「ははっ、真っ赤」
「か、からかわないでくださいっ」
以前は寡黙でクールな人だと思っていたのに、こうしてよく話すようになってからは、意地悪な少年みたいな顔もするんだと知った。
恥ずかしくてたまらないのに、それがいやじゃないから困ってしまう。
新しくできたアトラクションを知ってるのは、調べてくれたってこと? 先輩も私と同じくらい今日を待ち遠しく感じていたの?
「からかってない。嬉しいって思っただけ」
「……嬉しい?」
私が首をかしげると、楓先輩は小さく肩を竦める。
「ほら、行くぞ。久しぶりなら、まずは一周回るか? それとも気になるやつに片っ端から乗ってく?」
はぐらかされた気がするけど、今は遊園地を目一杯楽しもうと気持ちを切り替えることにした。
「乗っていきましょう。先輩は絶叫系、平気ですか?」
「うん。菜々は?」
「あんまり乗ったことなくて。でも楽しそうだから乗ってみたいです。高いところも好きだし」
「じゃあ徐々にレベル上げてく感じにするか」
「楓先輩は物足りなくないですか?」
私に合わせて先輩が楽しめなかったら意味がない。そう思って尋ねると、先輩は当然と言わんばかりに言い切った。
「全然。菜々が楽しんでくれるなら、それでいい」
せっかく平常心を取り戻せたところなのに、またこうやってドキドキすることを言われると、どう返していいかわからなくて、私は小さく頷くしかできなかった。
わからないといえば、どうして先輩が私を誘ってくれたのかも聞けていない。それも四人じゃなく、ふたりで。
どうして私を誘ってくれたのか、その理由を考えれば考えるほど、心が勝手に期待してしまう。
私を見て優しく微笑むその瞳の奥に、後輩に対する思い以上のものが宿っているんじゃないかと探してしまう。
だけどその自惚れが勘違いじゃないという保証もない。
先輩になにか言われたわけじゃないし、手を繋いだりするわけでもない。
だから私からは聞けないまま。せめて今日だけは、甘い期待をしたまま楽しみたい。
まず私たちはジェットコースターや観覧車のあるアミューズゾーンへ向かい、比較的緩やかなジェットコースターから順に乗っていった。
フリーパスチケットもないので、お得なセットチケットを購入し、その都度必要な枚数をちぎってスタッフに渡していく。
「絶叫系、平気そうだな」
「はい! 落ちる時のあのふわっとする感覚が怖いけど楽しいです!」
「じゃあ、次はあれ乗るか」
先輩が指さしたのは、大きな観覧車の周りを高速で走る水中突入型のジェットコースター。
観覧車の次に人気と言われるアトラクションで多少並んでいるけど、朝イチで入場したおかげでそこまで混んでいないし、有名な夢の国のように数時間待ちなんてことはないので、先輩としゃべっているとあっという間に順番が回ってきた。
ライドに乗り込み、肩を覆う安全ベルトをつける。カタカタと独特の音を立ててのぼってくと、ビルや駅、そして歩道を歩いている人の姿も見える。
「わぁ、高い……!」
「菜々、怖い?」
「ううん、すごく楽しいです!」
「よかった」
都市型遊園地という日常の中にある場所柄か、見慣れた景色の中でジェットコースターに乗っているというのが、とても不思議な気分。
高い位置から落ちるスリルと、隣には嬉しそうに笑う楓先輩がいるという高揚感で、私の心臓は忙しなく速いリズムを刻んでいる。
大きな音と自分や周囲の楽しそうな叫び声と一緒に急降下し、身体に強烈な重力を感じながら園内を駆け抜けた。
同じ高校に通っているとはいえ、私と先輩では自宅の最寄駅の路線が違うため、合流地点であるターミナル駅で待ち合わせをすることにしたのだ。
待ち合わせの時刻まであと十五分。緊張でそわそわと落ち着かず、鼓動がどんどん速まっていく。
日曜日の朝九時十五分。平日の登校時間とは違い、サラリーマンや制服姿の学生などはほぼいない。
地元の駅とは違い、たくさんの人が行き交っているけれど、ひとりの人も連れ立って歩いている人も、この駅にいる誰も彼もが都会的で洗練されているように見えた。
私は自分を見下ろし、今日の服装を改めてチェックする。
ビックカラーの白いブラウスに、今日のために買った形の綺麗な膝上の台形スカートを合わせた。ブラウンのチェック柄が秋らしく、少し短いけれど中がパンツになっているので安心感がある。
上に羽織ったオフホワイトのカーディガンはショート丈で袖にボリュームがあるタイプで、これを着るだけで可愛い雰囲気になるからお気に入りの一着。
歩きやすいように足元はエンジニアブーツにして、バッグは財布とスマホなど最低限のものが入るショルダーバッグを選んだ。
雑誌で秋のトレンドやおしゃれに見える着こなしなどを参考にしてコーディネートを組んだけど、本当に正解かどうかはわからない。
髪も京ちゃんに教えてもらった通りに緩くサイドを捻って止め、黒髪でも重く感じず垢抜けた印象を目指した。
この街に馴染むとまではいかなくても、浮いてないといいなと願う。そうでないと、一緒に歩く楓先輩に恥ずかしい思いをさせてしまうから。
スタイリング剤で束感を出し、鏡の前で必死に作った前髪をいじりながら無駄に速まっている鼓動を落ち着かせていると、改札の奥に楓先輩を見つけた。
私との距離はおよそ二十メートル。人混みの中、彼はバッグから定期を取り出そうとしていて横顔しか見えなかったのに、それでも先輩だとすぐにわかった。
だって私の目には、楓先輩だけがキラキラと輝いて見えるから。
改札を抜け、周囲を見回した先輩が、壁際で立ち呆けている私に気が付いて片手を上げた。
白いTシャツに黒のスキニーパンツ、オーバーサイズのミリタリーシャツというシンプルな格好だけど、長身でスタイル抜群なおかげで、ファッション誌から飛び出してきたモデルさながらの出で立ちだ。
学校のダサい体操服だって着こなしてしまうんだから私服姿の破壊力たるや抜群で、まだ挨拶すら交わしていないというのに、私の心臓は限界まで速いリズムを刻んでいる。
手を振り返すこともできないまま、先輩が目の前までやってきた。
「おはよう。早いな。待たせた?」
「おはようございます。いえ、全然」
なんとか平常心を心がけて挨拶を返し、首を横に振る。
まだ約束の時間の十分前。私が早く来すぎてしまっただけで、先輩が遅れたわけじゃない。
待ち合わせのお決まりのやり取りをしていると、近くを通り過ぎる人がちらちらこっちを見ていることに気がついた。
ほとんどが楓先輩のカッコよさに思わず見惚れているハートマークがついた矢のような視線だけど、中には隣に立つ私を値踏みする鋭いものもある。
これほどイケメンでスタイルのいい先輩の隣にいるのが平凡な私だから、どういう関係なのか気になって見てしまうんだろう。
これまでの私なら卑屈になってしまいそうなところだけど、お守りにしている言葉を頭の中で再生する。
『〝なんか〟呼ばわりするなんて、菜々本人でも許せない。菜々を貶めるのは、菜々を大好きだって思ってる私のことも貶めてるのと一緒だよ』
京ちゃんが伝えてくれた思いが、私を少し強くしてくれる。
四方から感じる視線をシャットアウトして、意識して背筋を伸ばした。
せっかくふたりで出かけられるんだから。緊張しすぎたり卑屈になったりしていたらもったいない。
それに今日は勉強を教えてくれた先輩にお礼をしたいと思ってるんだから、ひとりで空回ってないでちゃんとしないと。
夕方まで一日中一緒だから、話題も考えておかないと話が尽きてしまうかもしれない。先輩を退屈させないように、少しでも楽しいと思ってもらえるように。
昨夜、何度もシミュレーションしたんだから大丈夫。下調べもバッチリだ。
「じゃあ、早速行くか」
「はい」
図書館で並んで勉強していたのが定着して、一緒にいると私の右側が先輩の定位置になっている。
なんとなく右手をそわそわさせながら、隣に並んで歩き出した。
待ち合わせした駅からふたつ先で降り、構内を歩いて長いエスカレーターを上ると、左手に大きな観覧車が見えた。
「わぁ、久しぶりに近くで見るとめちゃくちゃ大きい」
「何回見てもでかいよな。ここ来るの久しぶり?」
「たぶん小学校の遠足以来です」
「そんなに? じゃあ結構変わってるんじゃない? 巨大迷路とかARシューティングのアトラクションとかなかったし」
「先輩は……詳しいですね」
目的地である遊園地は入園料がかからず、アトラクションごとに料金を払うシステムになっていて、子供から大人まで一日中楽しめる。
きのうネットで調べた情報によると、巨大迷路ができたのはたしか三年くらい前だけど、ARシューティングのアトラクションはまだ一年も経っていない。
もしかして、彼女とデートで来てたから詳しいの……?
胸にモヤモヤとした感情が湧き起こり、ネガティブな感情に自分でも驚いた。
確認したわけじゃないけど、テスト週間中に毎日一緒に勉強したり、こうしてふたりだけで休日にでかけたりしているんだから、今現在楓先輩に彼女はいないと思う。
だけどこれだけカッコいいんだから、これまでに彼女のひとりやふたりいたっておかしくない。
わかっているのに、想像するだけでジリジリと胸が焦げ付く。
気になるけど、せっかく初めてのお出かけの日に元カノの話なんて聞きたくなくて、歯切れの悪い返しになってしまった。
付き合ってもいないのにヤキモチを妬くなんてお門違いだし、面倒くさいと思われたくない。
なんとか笑顔で乗り切ろうと無理やり口角を上げると、先輩が長身を屈めて私の顔を覗き込んでくる。
「な、なんですか?」
「どんな顔してるのか、見てみたくて」
「え?」
「変な心配しなくても、友達とだよ。中三になったばっかりの頃、受験が本格化する前に遊び尽くそうって毎週末ここに来てたんだ。だから俺も二年ぶり。菜々、俺がここに誰と来てたか気になってたんだろ」
図星をつかれ、ぶわっと体温が上がる。身体中の血液が顔に向かって上がっていくような錯覚に陥り、思わず両手で頬を押さえた。
「ははっ、真っ赤」
「か、からかわないでくださいっ」
以前は寡黙でクールな人だと思っていたのに、こうしてよく話すようになってからは、意地悪な少年みたいな顔もするんだと知った。
恥ずかしくてたまらないのに、それがいやじゃないから困ってしまう。
新しくできたアトラクションを知ってるのは、調べてくれたってこと? 先輩も私と同じくらい今日を待ち遠しく感じていたの?
「からかってない。嬉しいって思っただけ」
「……嬉しい?」
私が首をかしげると、楓先輩は小さく肩を竦める。
「ほら、行くぞ。久しぶりなら、まずは一周回るか? それとも気になるやつに片っ端から乗ってく?」
はぐらかされた気がするけど、今は遊園地を目一杯楽しもうと気持ちを切り替えることにした。
「乗っていきましょう。先輩は絶叫系、平気ですか?」
「うん。菜々は?」
「あんまり乗ったことなくて。でも楽しそうだから乗ってみたいです。高いところも好きだし」
「じゃあ徐々にレベル上げてく感じにするか」
「楓先輩は物足りなくないですか?」
私に合わせて先輩が楽しめなかったら意味がない。そう思って尋ねると、先輩は当然と言わんばかりに言い切った。
「全然。菜々が楽しんでくれるなら、それでいい」
せっかく平常心を取り戻せたところなのに、またこうやってドキドキすることを言われると、どう返していいかわからなくて、私は小さく頷くしかできなかった。
わからないといえば、どうして先輩が私を誘ってくれたのかも聞けていない。それも四人じゃなく、ふたりで。
どうして私を誘ってくれたのか、その理由を考えれば考えるほど、心が勝手に期待してしまう。
私を見て優しく微笑むその瞳の奥に、後輩に対する思い以上のものが宿っているんじゃないかと探してしまう。
だけどその自惚れが勘違いじゃないという保証もない。
先輩になにか言われたわけじゃないし、手を繋いだりするわけでもない。
だから私からは聞けないまま。せめて今日だけは、甘い期待をしたまま楽しみたい。
まず私たちはジェットコースターや観覧車のあるアミューズゾーンへ向かい、比較的緩やかなジェットコースターから順に乗っていった。
フリーパスチケットもないので、お得なセットチケットを購入し、その都度必要な枚数をちぎってスタッフに渡していく。
「絶叫系、平気そうだな」
「はい! 落ちる時のあのふわっとする感覚が怖いけど楽しいです!」
「じゃあ、次はあれ乗るか」
先輩が指さしたのは、大きな観覧車の周りを高速で走る水中突入型のジェットコースター。
観覧車の次に人気と言われるアトラクションで多少並んでいるけど、朝イチで入場したおかげでそこまで混んでいないし、有名な夢の国のように数時間待ちなんてことはないので、先輩としゃべっているとあっという間に順番が回ってきた。
ライドに乗り込み、肩を覆う安全ベルトをつける。カタカタと独特の音を立ててのぼってくと、ビルや駅、そして歩道を歩いている人の姿も見える。
「わぁ、高い……!」
「菜々、怖い?」
「ううん、すごく楽しいです!」
「よかった」
都市型遊園地という日常の中にある場所柄か、見慣れた景色の中でジェットコースターに乗っているというのが、とても不思議な気分。
高い位置から落ちるスリルと、隣には嬉しそうに笑う楓先輩がいるという高揚感で、私の心臓は忙しなく速いリズムを刻んでいる。
大きな音と自分や周囲の楽しそうな叫び声と一緒に急降下し、身体に強烈な重力を感じながら園内を駆け抜けた。