セイくんの歌を聴き終えると、率直な感想を述べた。



「透き通った歌声だね。聞き惚れちゃうくらい素敵」

「あのさ、鼻をすすっているように聞こえるけど。……もしかして泣いてんの?」


「一度涙が出たら止まらなくなっちゃった。セイくんって歌手なの? 本当に歌が上手いよ」

「そう? サンキュー」



意外だった。
声楽教室の先生が作詞作曲したのに、まさか芸能人のセイくんが知ってるなんて。
実は結構メジャーな曲なのかなぁ。



「あんたさぁ、結構鈍いね」

「……え、いま何て?」


「いや、こっちの話」

「実は好きな人に再会したら、彼とこの曲を一緒に歌いたかったの」


「へぇー。俺で良ければ一緒に歌うけど」

「ダメ! いくらセイくんが曲を知ってても、これだけは譲れない。彼との思い出は大切にしたいの。それに、私の話ばかりじゃなくて、今度はセイくんの話が聞きたいな。好きな人の話とか」


「……俺の情報を売って金にするつもり? あんたって意外とズル賢いんだな」

「違うよ。まだセイくんの顔も知らないのに」


「ははっ、嘘だよ。いま音楽プレイヤー持ってるけど、良かったら聴く?」

「うん、聴く」



セイくんは自分の事を話さない。
聞きたい事たくさんあるのに。
芸能人だから個人情報を守るのは当たり前か。


飴を渡した日と同じく、カーテンの下から手が伸びるような音がした。
もう自分側のカーテンを開けなくても、手を伸ばすだけで彼から物が受け取れる。

互いの指先同士が触れた瞬間、不思議と胸がドキドキと高鳴った。
私達、お互いの顔さえ知らないのに。



「これ、洋楽のR&B?」

「そう。昔から好きなんだ。歌ったら喉乾いたから、あの飴ちょうだい」


「いいよ。カーテンの下から受け取ってね」



養護教諭の不在時にだけ交わされる秘密の会話。

謎めいた彼との狭い世界の特別な時間。
この時間が心地よい。
彼の事をよく知らないのに。


今セイくんに関してわかってる情報は……。

温かい指先と、
星型の飴が好きな事と、
星マークの理由と、
洋楽のR&Bが好きな事と、
芸能科の生徒という事と、
透き通った聴き心地の良い歌声を持つ事だけ。