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「珠ちゃん、お誕生日おめでとう!」

 なんとか遅刻は免れて席に着くと、真っ先に親友の花がお祝いしてくれた。

 花は私よりも小柄で、きれいな艶のある黒髪が女の子らしくて、私はちょっと羨ましい。

「花! おはよう。ありがと〜」

 花は小学校からの付き合いだった。中学生活に向けて入った塾で声をかけてきてくれて、同じ学校入ろうねって高校受験も一緒に頑張ってきた。同じ学校に入れただけじゃなくてクラスまで一緒になれたのはものすごくラッキーだった。

「どうしたの? 朝からお疲れじゃん」

 そんなに疲れた顔をしていたかな? 花にはなんでも見透かされてしまう。

 マンションから駅までダッシュしたのはもちろん、今朝の謎の双子の精神的疲労もあると思う。

「それがさぁ〜」

 花に愚痴ろうと思ったけど、見知らぬ人に頬とはいえキスされた話するの!? 無理無理無理無理!

「……遅刻しそうでダッシュしただけ」

「それはお疲れ様だね。そんな珠ちゃんに、こちらをプレゼント!」

 私が誤魔化すと、花はジャジャーンと口で効果音をつけながら、それを差し出してきた。オーロラみたいな半透明の包装紙にピンクのリボンでラッピングされた、長方形の小さな箱。

 これはもしかして、もしかしなくても誕生日プレゼント!

「わあっ、ありがとう! さっそく開けていい?」

「もちろん」

 花の返事に、受け取ったラッピングのリボンを引っ張る。リボンを解いて包装紙を外して、無地の箱を開ける。中から出てきたのは、水仙の花が描かれた細身のミストスプレーだった。

「これってもしかして?!」

 見覚えのあるパッケージに心がはずむ。

「そう! 私とお揃いのボディーミスト」

「私が欲しいって言ってたの、覚えててくれたんだ!」

 やっぱり、花がいつも使ってるボディーミストだった。

 ほんのり甘い上品な花の香りがしてとっても素敵なんだ。よく中学に間違われる花だけど、このボディーミストの大人っぽい香りが不思議としっくりきていて、花のために作られたんじゃないかって思うぐらいだった。だから、私にはあんまり似合わないかもしれないけど、花とお揃いが嬉しかった。

「嬉しい! どこ探しても売ってないんだもん」

 ネットで調べても出てこないし、限定品だったのかなって諦めてたのに。

「極秘ルートで入手いたしました〜」

 花は冗談めかして言うけど、本当に極秘ルートだったりするのかもしれない。それぐらい、見つからなかった。

「珠子! はぴば〜」

「これ、私たち! と、正美から」

 花からのプレゼントを見ていると、隣の席の芽依と駆け寄ってきた栞里もプレゼントを渡してくれた。

 二人が手渡してくれたのは、いい香りで有名なバスグッズのお店のギフトセットだった。

「ありがとう! お風呂が楽しみ〜」

 合同プレゼントなだけあって結構な数が入っていて、ラッピングの上からでも華やかな香りがしてくる。

「放課後、ケーキ食べに行くんでしょ?」

 芽衣と反対側の席。離席中の正美の席に座って、栞里がおしゃべりモードに入った。

「私たちも行きたかった! 塾じゃなかったらな~」

「私たちの分も楽しんできて」

 にこにこ笑う栞里と芽衣に挟まれて、私の席の前に立つ花と二人で返事をする。

「めっちゃ美味しいの食べてくるから!」

「写真送るねー」

 放課後、私は花と二人でケーキを食べに行く約束をしていた。

 芽衣と栞里と正美も誘ったけど、同じ塾に通う三人はNGだった。

「ねえねえ、聞いた!?」

 四人で話していると、慌てた様子の正美が教室に飛び込んできた。

「あ、正美ー。見当たんないから先プレゼント渡しといたよ」

「受け取りましたー。ありがとう!」

「あ、珠子! はぴばー!」

 芽衣の言葉にお礼を言うと、私に気が付いて正美もお祝いしてくれた。誕生日の朝って、これが大好き。みんなに会うたびにお祝いしてもらえて、幸せな気持ちになる。

「それで、なにを聞いたって?」

 首を傾げながら正美に聞くと、興奮気味に叫んだ。

「転校生!」

「こんな時期に? 珍しいね」

 だいたい長期休暇の後に入ってくることが多いから、こんな学期途中の転校生は人生で初めてだった。

「それがさあ、めちゃイケメンの帰国子女で、しかも双子なんだって!」

 正美は手足をバタつかせてはしゃいでいるけど、私は正反対に気持ちが凪ぐ。

 ――双子?

 どうしても脳裏を過ぎるのは今朝の二人。でも、そんなまさかね。

「あ、知ってる。さっき職員室で会ったよ」

 平然と言ってのける花に、正美は取って食いそうな勢いで迫る。

「どうだった!? イケメン??!!」

「うん。かっこよかったよ」

 その言葉に、今度は芽衣の表情が変わった。

「榴先輩と付き合ってる花が言うなら、間違いないね! うわあ、期待しちゃう~」

「榴先輩、イケメンだもんね」

 花は、この五人の中で唯一の彼氏持ちだった。
 三年の先輩で、陸上部のエース。色が黒くてスポーツマンって感じだけど体育会系の暑っ苦しさは全然なくて、ワイルドな感じもしてまあとにかくカッコイイ。

「うわ〜、楽しみ〜!!」

 盛り上がりを見せる三人を花はほほ笑ましそうに見ている。彼氏持ちの余裕を感じて、ちょっと嫉妬してしまう。

 でも、私も三人みたいに盛り上がる気持ちに離れなかった。

 ニコッと笑って不安を吹き飛ばそうとする私を、花が不思議そうに見ていた。

「みんな席につけ〜」

 そうこうしているうちにチャイムが鳴って、先生が教室に入ってきた。

 慌ててそれぞれ自分の席に戻って、先生の話を聞く体制になる。

「もう噂になってるみたいだから、先に紹介しておく。転校生の二人だ」

 先生が教壇に立つなりすぐに、噂の転校生の話になる。

 左右の席で芽衣と正美が期待に胸を膨らませて、きゃあきゃあ言ってるのが聞こえてくるけど、私は別の意味で心臓が高鳴っていた。

 ゆっくりと教室の扉が開いて――入ってきたのは、今朝の双子だった。

 やっぱりっていう気持ちと、どうしてっていう気持ちとでぐちゃぐちゃになって、私は双子の方を見られなかった。

 幸い私の席は窓寄りの後ろの方。そんな目立つ場所じゃない。

 気づきませんようにって祈っても、同じクラスになったんだからいつかはバレる。分かっていても、そう祈らずにはいられなかった。

 猫っ毛のイケメンとマスクのイケメンに教室は色めきたっている。

「イケメンが二人も……」

「このクラスでよかった……!」

 左右の席で芽衣と正美が感激の声を上げている。あんまり騒ぐと双子がこっちを見るかもしれないからやめてって言いたかったけど、言えるわけがない。

 目立たないように一時間目の教科書で顔を隠しながら教壇の方を見ると、先生が黒板に「敷智咲仁」「敷智幸夜」と二人の名前を書いていた。

 意外。日本人だった。

「じゃあ、お兄さんの方から自己紹介よろしく」

「敷地咲仁です」

 そう言われて応えたのは、マスクの方のイケメンだった。

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 それだけ?

 教室が続きを待って静まり返っても、マスクのイケメン咲仁くんは名前しか名乗らなかった。

 会釈さえせずに仁王立ちしたまま、時間だけが過ぎていく。

「……じゃあ、弟くんもよろしく」

 雰囲気を変えようとゴホンと咳ばらいをした先生が、猫っ毛イケメン幸夜くんの方に促す。

 私にキスしてきた方だ――――

 今朝のことを思い出して、顔が熱くなる。赤くなってるんじゃないか心配になって、教科書に顔をうずめながら様子を伺う。

「敷智幸夜です」

 お兄さんと同じように名前を名乗っただけなのに、幸夜くんの方はキラキラエフェクトがかかっている気がしてしまう。

 マスクしたまま無表情だった咲仁くんと違って、ふんわり優しい笑みを浮かべて、どこからともなく黄色い悲鳴が聞こえてくる。

「両親の仕事の都合でずっとギリシャに住んでいました。日本に住むのは久しぶりなので、いろいろとわからないこと教えてください」

 白い歯を見せて笑う姿を、このまま雑誌の表紙にしてしまっても違和感ないと思う。

「マジヤバイ……」

 芽衣が顔を両手で押さえて足をじたばたさせているのが、視界の端に映った。

「高良珠子ちゃんとは婚約者なので、よろしくお願いします」

「は?」

 幸夜くんはぺこりとお辞儀するのと同時に、衝撃発言を放った。瞬間、思わず私の口から低い声が漏れた。

「ちょっと珠子! どういうことなのよ!?」

「二人と知り合いなの!? 婚約者って!?」

 顔を覆っていたはずの芽衣の目が私を捉えて、反対の席からは正美の手が伸びてきて肩をつかまれた。

 晴天の霹靂って、こういうことを言うのかな? 私は雷に打たれたみたいに硬直して、揺さぶってくる正美にされるがままになるしかなかった。

 とっくに私に気が付いていたらしく、幸夜くんはウインクを投げてくる。

 こんなキザな仕草も様になるなんて、イケメンってすごい……

「じゃあ、一番後ろに席用意してあるからそこで」

 先生は幸夜くんの婚約者宣言をスルーして、普通にホームルームを始めてしまった。

 廊下側の席に移動する最中も幸夜くんはニコニコ私に手を振ってくるし、クラスメイトたちも私たちのことを目を見開いて見ていた。

 私はひたすら誰とも目を合わせないように俯いていることしか出来なかった。