「……それ、マジで言ってんの?」
緊張に包まれた紗南の身体は頼りなく震える。
まだ付き合いたてなのに、いきなり重たかったかな。
迷惑だったかな。
呆れてないかな。
変な女だって思われてないかな。
今まで恋愛には無縁だったし、人生初彼氏がいきなり全国規模のトップアイドル。
あまりにも極端な境遇から恋愛をスタートさせたから、恋の進め方がわからないよ……。
正直に言うと、今や自分もファンの一員。
部屋の壁にはKGKと単独のポスターが貼ってあるから、顔は毎日のように眺めている。
彼氏のポスターを眺めるというのも変だけど、恋人としての実感が湧かない。
普段は保健室のカーテン越しに会話してるから、顔を合わせると窒息しそうなほど緊張してしまう。
彼は身体を休める為にベッドに横になってるのはわかっている。
でも、2人で会える貴重なひと時だから直接本心を伝えたかった。
「マジ、です……」
情けない。
震えた声に不器用な敬語。
更に緊張が後押しして足がガタガタと震えている。
肉眼だけ見る彼はやっぱりオーラを感じる。
何度見ても超美形。
小学生の頃からモテていたけど、これがまさか全国規模になるなんて……。
しかも、ごくごく凡人の私の彼氏になってくれたなんて未だに信じられない。
オーバーヒート寸前の紗南とは対照的に、ゆっくり身体を起こしたセイは無邪気に笑って右手を差し出した。
「じゃあ、一緒に寝よっか」
いつもみたくカーテン越しではない。
久々に対面して出たひと言が、『一緒に寝よ』だなんて。
無理……。
顔を見るだけでもドキドキが治らないのに。
先生がいつ戻ってくるかわからない状況下だし、保健室のベッドで一緒に寝るだなんて。
セイくんの隣で添い寝なんてしたら、今度は心臓が止まっちゃうよ〜。
「えぇ! ダメだよっ。セイくんとベッドで一緒に寝るだなんて、絶対無理っ」
「どうして?」
「もうすぐ杉田先生が職員室から戻って来ちゃう。そしたら、私達の交際が学校にバレちゃうよ」
警戒する紗南の目線は、保健室のドアとセイの顔を高速で行き来する。
セイくんは、これがかなり危険な橋渡りだと言う事に気付いていないのだろうか。
保守的な私とは違って焦る様子もない。
一方、紗南の不審な動きを可笑しく思ったセイは砕けたように笑った。
「あはは、そんなにすぐに戻って来ないって。……ね、5分だけ」
「5分って言われても……」
次は片手で布団を上げてこっちに来いという仕草。
私達は付き合い始めてからまだ2週間程度。
恋人としての進展と言ったら、ベッドを囲むカーテンの下から手を繋ぐ程度。
それなのに。
それなのに……。
紗南の気持ちはパンク寸前。
行くか行かぬかモジモジしながら躊躇していると⋯⋯。
「ブツブツ言ってないで早くおいで」
「そんな……。早くおいでと言われても。わ……私には、こ……心の準備が……」
「しょうがねぇな」
セイは紗南の手をグイッと引き寄せ、ヨロけた身体を勢いよく胸の中で抱き止めた。
紗南は思わず「あっ」と声が漏れる。
「俺は駆け引きなんてしないって言ったよ」
セイは耳元で優しくそう囁く。
紗南は緊張するあまり身体が硬直状態になっていると、セイはフッと笑った。