「人が何と言っても、恋路を邪魔されたとしても、2人の恋が誰にも認めてもらえなくても、私はセイくんが好き。
セイくんという一等星は、夜空に浮かぶ無数の星屑に埋もれないくらい、大きくて、明るくて、眩しくて。空に手を精一杯伸ばしてみても、点のように小さな私には全然届かなかった。
でも、セイくんは歌が上手く歌えなかった幼い私に勇気を与えてくれたり、私と別れたくなくて普通科の校舎に侵入したり、2年経っても私にエスマークのメッセージを送ってくれた。何万人ものファンがいるくせに、一般人の私に『好きだ』と言ってくれた。
付き合い始めてから、険しい恋路を辿っていたから思うような恋愛が出来なくて、セイくんが近くて遠い存在なんだと思ったりもしたけど、好きだからずっと一等星を見つめ続けてきた。
セイくんは昔から負けず嫌いだから、アメリカでも人一倍努力をしてきたんだと思う。完璧な人間なんてこの世に存在しないけど、完璧に近付くよう努力する人もいる。……それが、私の好きなセイくんなんだ」
「紗南……」
紗南は涙で視界が歪んでいる。
そして、黙って聞いているセイの瞳も次第に涙が潤み始めた。
「えへへっ……。実は再会したらどうやって告白しようかなって、ずっと考えていたんだ」
「へぇ、どんな?」
「お互いの目をしっかり見て、お互いの体温を感じながら想いを込めて告白したら、言葉以上の気持ちが届くんじゃないかって。その答えに辿り着いた時、2年前のセイくんの考えに届くようになった」
「俺の考えって?」
セイは首を傾げて優しく問う。
「留学日程が前倒しになった件を私に伝える前に報道に出た時、セイくんは遅くなっても電話やLINEメッセージに頼らずに自分の口から伝えてくれた。あの時は『どうしてこんなに大事な話を早く教えてくれなかったんだろう』って思ったけど、後になって直接伝える大切さに気付いたの」
「うん……」
「お互いちゃんと顔を合わせて話さなきゃ、相手の想いまで行き届かないよね。以前は、私がしっかり向き合って話をしなかったから事が拗れてしまったんだよね。別れ話をした時の事をすごく後悔してる」
紗南はそう言ってシュンとすると、セイは首を軽く横に振った。
「その課題はもうクリア出来たよ。これからは小さな事でも2人で話し合っていこう」
「うん。あと、気持ちを伝えるのが遅くなってごめんね。それと、傷付ける嘘をついてごめん」
言えた。
セイくんに会ったら伝えたかった言葉が。
ずっとずっと、排出される事なく胸の中に止まっていた想い。
『好き』
『傷付けてごめん』
このふた言だけは、会えたら絶対に伝えなきゃいけないと思っていた。
紗南は安堵すると、瞳からポロっと二粒の涙が零れた。
すると、瞳を潤ませていたセイの左目からも、ツーっと1本のスジを描くように涙が流れていく。
「俺も紗南が好きだよ」
セイはそう言って、紗南の右手を引いて胸の中で抱き止めた。
抱きしめる力強さ。
じんわり伝わる温もり。
絡み合うお互いの香り。
1つ1つ彼の傍に居る実感を噛み締めていると、何とも言えぬ高揚感が押し寄せてくる。
赤面している紗南も、セイの背中に手を回しギュッと力を込める。
幸せ……。
ずっとこのままでいたいって、本気で思った。
待ち望んでいた幸せな瞬間。
全身から好きが溢れて今にも気を失いそう。
「俺がここまで頑張って来れたのは、全部お前のお陰。別れる前に『留学頑張って』ってエールを送ってくれたから」
「あの時の言葉を覚えててくれたんだ」
「お前の言葉は全部宝物だから」
「あははっ、セイくんったら大袈裟だね」
「もし、お前が言うように俺が一等星だとしたら、空が曇っていても、打ち上げ花火の残煙で夜空がよく見えない日でも、忙しくて夜空を見上げる事が出来なくても、無数の星に負けないくらい光を強く放っていたのは、夜空を見上げて一等星を探している、人一倍泣き虫な女の子に自分を探して欲しかったから」
「それって、私?」
「そう。一等星はいつも見守り続けてくれるお前に探してもらえなきゃ、光を放っても意味がないから」
私達は星を例えにしてお互いの距離感を語った。
夜空一面に広がる無数の星は一見手に届きそうに思えたりするけど、実際は遥か彼方。
でも、お互いがお互いの居場所をしっかり確認し合えれば、私達はもっと強くなれる気がする。
しかし、喜びに浸るのも束の間。
セイは急に落ち着いた低い口調で紗南の耳元で小さく囁いた。
「……でも、この先は地獄だよ」
「えっ……」
「もう気付いてるかもしれないけど、世間は俺達の恋愛を歓迎しない。恋愛が表沙汰になったら、きっと世間から厳しい洗礼を受けるだろう」
「う……、うん」
「2年前は冴木さんに仲を引き裂かれて辛い思いをしたけど、いま考えると単なるリハーサル程度に過ぎない」
「………」
彼に言われて冴木さんと出会った当初を思い出した。
彼女は私の前に何度も現れて、幾度となく諦めるよう説得を続けた。
仲を引き裂かれている間は、自分の価値観を忘れてしまうほど。
でも、それは私達の恋愛が世間にはあからさまになっていない段階の話。
きっと、今後の参考程度にも満たない。
しかし、次のステージはそんな甘ったるいものではない。
交際が発覚した瞬間から、きっと幸せな日常は奪われてしまう。
連日マスコミに追われたり。
記事にはあること無いこと書かれたり。
ファンに嫉まれたり嫌がらせをされたり。
街を歩くだけで人差し指を向けられたり。
時には、病院を営む両親に迷惑をかけてしまうかもしれない。
セイくんは事務所のスタッフが守ってくれるかもしれないけど、一般人の私は自分でどうにかしなければならない。
それに、一般人は反論する機会がないから、情報だけが横行してしまう可能性がある。
こんな世間の厳しい壁に立ち向かえる勇気があるのだろうか。
紗南はセイとの未来を思い描いたら、少し弱気になった。
「でも、それでもお前が傍に居てくれるというのなら。……俺達、一緒に暮らそうか」
我が耳を疑った紗南は、一瞬聞き間違いだと思ってセイの方へ見上げた。