ーー今日は午前日課の日。
今週は学年末テストの返却が行われて主に復習授業がメインだった。
セイの侵入騒動があってから、1時間後にHRを終えて落ち込んでいる紗南を心配する菜乃花は気分転換にランチに誘う。
2人は駅から徒歩5分の場所にある、オムレツ店に到着。
赤いギンガムチェックのテーブルクロスに、木目調の壁。
食欲をそそる卵とチキンライスの香りが、鼻をくすぐる。
店員に料理を注文すると、菜乃花は早速侵入騒動の話題に触れた。
「さっき、セイくんが叫んでいた『エス』って紗南の事でしょ」
紗南は無言でコクンと頷く。
いっときの感情の荒波は去ったが、目は腫れぼったい。
「終わっちゃった……。何もかも」
紗南はまるで緊張の糸がほどけてしまったかのように、肩を震わせ瞳に涙を滲ませた。
「紗南が羨ましい」
菜乃花は軽く瞼を伏せポツリと呟く。
紗南は予想外の言葉を受け取ると、驚いたまま疑問をぶつけた。
「セイくんと別れたのに?」
「実際2人がどんな恋愛をしていたかわからなかったけど、さっきはセイくんの気持ちがビシビシ伝わってきたから、お互い本気で想い合ってたんだなって」
実際に騒動を目の当たりにした菜乃花は、2人の恋愛の奥深さがより一層伝わっていた。
「気持ちが繋がっていても障害ばかりがつきまとうし、我慢ばかりで寂しい想いも強いられてきた。自由にデートは出来ないし、マネージャーには嫌われるし、スマホは勝手に解約されちゃうし、写真の一枚さえ撮れなかったよ」
「じゃあ、最終的には2人の思い出が1つも残らなかったって事?」
すると、紗南は首を横に振って胸にそっと手を当てた。
「ううん、ここに思い出が沢山詰まってるよ」
「紗南……」
「思い出というのは目に見えるものだけじゃない。一度目に別れた6年前も今も大切な思い出は胸の中に刻まれている。だから、今はそれで充分じゃないかって」
厳しい現実を知られたくなくて作り笑顔をした。
でも、そんな思いとは裏腹に涙が零れる。
菜乃花は唇を震わせてる様子からすると、紗南の心は既に限界に達してるのではないかと思った。
菜乃花は椅子の横に置いていたカバンを開け、中からミニタオルを取り出して紗南の前に差し出した。
「ほら、早く涙を拭いて。紗南が泣いてると知ったら、セイくんも悲しくなっちゃうよ」
「……ありがと」
紗南はミニタオルを受け取り涙を拭いた。
「きっとまた会える。2人の運命の赤い糸はしっかりと小指同士で繋がってるから」
「どうして運命の赤い糸が繋がってると思うの?」
「だって、紗南が赤い糸を引っ張ったらセイくんは規則を破って普通科に侵入したんでしょ? ……じゃあ、次はセイくんが赤い糸を引っ張ったらどうなると思う?」
「え……」
紗南は思わず涙が止まり、一瞬菜乃花の言う通りに想像する。
「運命の糸で綱引きをしている間は先が読めなくて辛くてしんどい思いをしてるかもしれないけど、紗南自身がまだこの勝負がついていないと思うのなら、諦める必要はないんじゃない?」
菜乃花は最終的に2人の未来が繋がり合ってる事を信じている。
「菜乃花はセイくんがいつか赤い糸を引っ張ってくれると思う?」
「勿論。秋に保健室で再会したあの時のようにね」
と言って頬杖をつくと、顔を傾けてニッコリと微笑んだ。
菜乃花からの心強いエールは向かい風から追い風へと変えていった。