「君だけ特例を許す訳にはいかないんだ。わかってくれ」

「停学になっても構わないから彼の所に行かせて下さい。一度だけでいいから」


「冴木。もしかして、恋愛沙汰でこんな騒ぎを起こしているのか?」

「……」



男女交際禁止の学校で“ 彼 ”というキーワードに引っかかると、学年主任は鋭い目をより光らせる。



「恋愛以前に自分の立場を弁えろ。お前以外の生徒はみんなルールに従っているんだ」



どんなに必死にお願いしても、教師達は正論ばかりを並べて私を東校舎に戻す事しか考えていない。
私の想いなど蚊帳の外。
彼と話をしたら素直に教室に戻るつもりなのに。
大々的に迷惑をかけてしまっているが、勿論これ以上大ごとにするつもりはない。
私の人生を決めるのは先生じゃなくて自分自身。
彼の教室まであと少し。
1ヶ月ぶりの姿を見るまで、あと少し⋯⋯。

冴木は手首を掴んでいる学年主任の腕に思いっきりガブリと噛み付く。



「イテッ!」



学年主任は左手で噛まれた右手首を包み込み、背中を丸めた。



「持田先生、大丈夫ですか!」



女性教師はすかさず学年主任に心配の目を向けると、冴木はその隙を狙って再び彼の教室を目指して階段を駆け上がった。



「冴木ぃぃぃ……」



背後から怒号が届く。
しかし、振り返る事なく階段に足音を立てながら先を進んだ。

停学なんて怖くない。
それよりもいま一番怖いと思っているのは彼を失ってしまう事。
もし彼に会えたら、幸せだった時間に時計の針を巻き戻したい。
聞きたい事は山ほどあるけど、今はたったひと言でもいいから声が聞きたい。
犯した罪を償うのはその後で構わないから……。

なんとか2階のフロアに上がり、彼の教室の1組を目掛けた。
教室に到着すると、思いっきり前扉を開けた。

ガラッ……

まず最初に目に飛び込んできたのは、教師と生徒達の驚いた表情。
授業中に乱入したのだから当然罪は重い。



「君は何処のクラスの生徒かな。知らない顔だね」



20台後半の男性教師は眉をひそめて警戒心を露わにする。



「あの、私……」



しどろもどろな返事をしつつ目だけは彼の姿を探していた。
すると、2秒も経たぬ間に発見。
久々の姿を視界に捉えるなり、胸がきゅうっと締め付けられた。

しかし、息つく間もなく背後からやって来た警備員2人の手によって身を確保されてしまう。



「君、今すぐにここから出なさい」

「嫌です。大切な人と大切な話があるんです」


「君の意見など聞いてない。さぁ、一緒に来るんだ」



警備員に両脇を支えられると、強引に教室の外へと引きずり出された。
まるで逃走劇の犯人のような扱いに。

芸能科の生徒達は見知らぬ女子生徒の騒動を一部始終見届けると、付近の人達とヒソヒソ話を始めた。


およそ1ヶ月ぶりの彼。
より多くの視線が集まっていた中で目線はしっかりと結びついていた。
それなのに、警備員との間に割って入ったり、争いを辞めるように説得したり、何か言葉を発する事もなく、ただただ寂しそうな瞳で私を見つめていた。



「やめて、離して!」

「お騒がせしました。失礼致します」



警備員は軽く頭を下げた後、冴木の両腕を持ち上げて引きずるように階段の方へと消えて行った。

ショックでもう言葉にならなかった。
これが、もし1ヶ月前の彼だったら無視なんてしない。
気が利いた言葉が言えなかったとしても、『手を離してあげて』とか、『嫌がってるだろ』くらいは言ってくれただろう。

でも、会わない間に彼は変わってしまった。


彼も私と同様、きっと何か言いたい事があるはず。
じゃないと、あんな寂しそうな目を向ける筈がない。
でも、彼が言いたい事を口にするタイミングは今じゃなかったのかもしれない。


警備員に連行された後は、職員室で教頭先生と学年主任と担任の3人に囲まれて叱られた。
帰宅してからも、学校から連絡を受けた両親に叱られた。
ただですら落ち込んでいたのに、雷が連続して襲いかかった。


布団の中に潜り込んで考えてみたら、男女交際禁止の学校で好きな人に会う為に規則を破って西校舎に侵入するなんてさすがにやり過ぎた。
常識的な事さえ考えられなかったのは、きっと恋愛中毒を引き起こしていたから。

結局、音信不通になった理由がわからないまま、彼は学校と共に芸能界を去って行った。
ただ、校内の生徒のみならず知らない人からも噂されるようになったのは何か関係があったのだろうか。

それから数年が経って失跡した彼を探す為に芸能マネージャーの道を選んだ。
この仕事に就けば、彼が表舞台から姿を消した原因に辿り着きそうな気がしたから。


ーーそして、あれから10年後の今。
彼に纏わる情報は未だに入手出来ていない。
いま何処で暮らしているのか。
どんな職業に就いてるのか。
結婚してるのか。
私達は子供がいてもおかしくない年齢になった。

ただ、あの侵入事件を起こしてから1つだけわかった事があった。
それは、両科の境界線を超えてはならないという事。

境界線を超えた者しかわからない苦しみを味わうのは自分だけで充分。
だからこそ、福嶋 紗南という1人の女の子に二の舞を演じさせぬように忠告しに行った。

10年前のような悲劇はもう二度と繰り返されてはならない。
もし、2人の恋がまだ完熟してないのなら、これ以上辛い目に遭わないようにしてあげたかった。

それなのに、記者会見の時間が迫っているにもかかわらず、なかなか校舎から出て来ないKGKを迎えに校舎に入ると、セイは10年前の自分と同じように侵入騒ぎを起こしていた。
一見あの日と同じような境遇だったけど、この2人は私の時と1つだけ違うところがある。

ーーそれは、お互いをしっかり想い合ってる所。

10年前の自分達には不足していた勇気をこの子達はしっかり持っている。
だから、敢えて手を出さずに最後まで見守っていた。

自身の辛い過去。
そして、心が通じ合っている2人の今を照らし合わせたら自然と涙が溢れていた。