教室へ戻って来た紗南の異変に気付いた菜乃花は、昼休みの時間にお弁当袋を持ったまま紗南の手を引いて屋上へやって来た。
瞼を腫らして赤く充血している目と、元気のない様子が気になっていた。



「保健室で何かあったの? 彼に会えた?」



お弁当箱を開きながら問いかける菜乃花に対して、紗南は暗い顔のまま首を横に振る。



「明後日には日本を出発するから、学校に来れたとしても明日までだよね?」

「うん……。月間スケジュールにはそう書いてあったから」


「でもさ、スマホを解約してるんじゃ連絡をつけようがないね。これからどうするつもりなの?」



彼と出会った当初からずっと恋路を見守ってくれていた菜乃花には、彼に纏わる話を全て伝えていた。
先日、校門まで迎えに来た冴木さんとのその後の話や、急に繋がらなくなったスマホの話までは知っている。
知らないのは先ほどの保健室の件だけ。



「……これからか。私、どうしたらいいんだろうね。わかんないや」



紗南は声を震わせながら先ほどの会話を頭の中に巡らせていると、ツーっと涙が頬を伝った。
菜乃花はその様子を見て事の深刻さを悟った。



「紗南……」

「もう、遅いかもしれない。何もかもが……」


「そんな事ない。まだ可能性はあるよ」

「繋がり合わなかったのは電話じゃなくて、私達それぞれの心だった。約6年振りに再会した時は既に何もかも遅かったんだよ」



紗南は感情を爆発させると、身体を丸めて泣き崩れた。
我慢していた気持ちを吐き出したら、涙腺が崩壊してしまった。


もう、限界だった。
冴木さんに一方的に責め続けられたり、重苦しい現実があまりにも耐え難かったから、心の中に留めておけなかった。

菜乃花は紗南の衰弱している姿が目に焼き付くと、隣に座ってそっと肩を抱き寄せた。



「大丈夫。だって、紗南達は運命的な再会をしたんだよ。大雪だって降るかどうかわからなかったのにさ。きっと2人には深い縁があったから、もう一度神様がめぐり合わせてくれたんだよ」

「……」


「だから、遅くはない。お互い信じ合えば、きっと苦難も乗り越えられると思う。頑張れ、頑張れ」



菜乃花のエールが穴ぼこだらけな心の隙間に差し込まれていくと、涙は更に溢れ出た。

でも、とてもじゃないけど言えなかった。
私が彼の運命を握っているという事を……。

それに加えてセイくんと同様、アイドルとして活躍しているハルくんとの恋を夢見描いている菜乃花に、現実を見ろと言わんばかりに冴木さんから手渡された地獄行きのメモの存在を自分の口から伝える事が出来なかった。