ーー場所は紗南の自宅。
家庭教師を招いて自室で勉強している最中。
机に向かってペンを滑らせる紗南。
その隣で、数学の問題の解答待ちをしている、大学3年生で家庭教師のアルバイトを引き受けている一橋がいる。
一橋は、黒髪で軽くパーマがかかったような癖っ毛で細い黒縁のメガネ。
180センチほどの高身長。
モデルのような目鼻立ちがいい端正な顔立ちだ。
今日は一橋を家庭教師として雇い始めてから3回目。
初対面の日と比べると、お互いだいぶ打ち解けてきた所だ。
授業開始から、およそ15分ほど経過した頃、一橋は暗い表情をしている紗南の顔を覗き込んだ。
「紗南ちゃん。少しボーっとしてるみたけど、体調が良くない? 少し休む?」
「あ……、いや! 全然そんな事はないです。元気です」
紗南は昨日冴木からキツく浴びせられたひと言が、過ぎ行く時間と共に胸の中でチクチクと痛みだしていた。
一橋は一旦気分転換にと思い、壁に貼ってあるポスターを見て雑談を始めた。
「紗南ちゃんって、KGKのセイのファンなの?」
紗南はタイムリーでピンポイントな質問によって思わず心臓がドキンと鳴った。
「えっ! どどど……どうして?」
「壁にKGKとセイのポスターが貼ってあるから。きっとファンなんだよね」
ベッドを囲むように壁二面に貼ってある巨大ポスターは、彼と付き合い始めた当日に買いに行ったもの。
「あ……、はい。KGKのう……歌が好きで」
本音を言えばセイくんに夢中。
極秘恋愛をしている今は、この先もずっと彼に本音を語る機会はないだろう。
「彼らは若い子を中心に人気だよね。俺が通ってる大学でもファンの子が多いみたい。KGKの話題は女子の日常会話のうちの1つかもね」
「そうなんですか」
「でね、本当は内緒なんだけどね……。紗南ちゃんが通っている青蘭高校の芸能科にKGKの2人が通ってるんだよ」
一橋はニコッと微笑みながら、漏洩禁止の極秘情報をさらりと漏らした。
ドキーーーーーーン!
紗南はびっくりして身体が揺れ動いた。
額にはビッシリと冷や汗が滲む。
「えっ、えっ……」
「あはっ、動揺してるって事は知らなかったんだよね」
「あ……、はい……」
いや、本当はその逆。
知ってる。
誰よりもよく知ってるから。
「一橋さんは、どうしてKGKが私と同じ学校に通ってる事を知ってるんですか? 普通科の生徒ですら知らない情報なのに」
「実は俺の弟は青蘭の芸能科に通っていて、セイと同じクラスなんだ。つまり、科は違うけど紗南ちゃんと同学年でね」
「……と言うと、一橋さんの弟は芸能人?」
「あはは、自分でバラしちゃったね。実は雑誌の専属モデルをやってるんだ。まだ新人だけどね」
一橋は照れ臭そうに目尻を下げた。
学校としては口外無用な極秘情報だが、こうやって身内からポロリと溢れてしまう事もある。
彼自身がモデルのように容姿端麗だから、弟がモデルをやっていると聞かされてもイメージが湧く。
「凄いな。でも、芸能界って弱肉強食の世界みたいですよね」
「弟は仕事から帰宅すると愚痴ばかり。カメラマンの指示が気に食わないとか、モデルの女の子の態度や口が悪いとか」
「へぇ」
「……さ! 雑談はお終い。問題集の続きを始めないとあっという間にタイムリミットになっちゃうよ」
「あ、はい。急いで問題を解きますね」
一旦話に区切りがつくと、紗南は再び問題を解き始めた。
一橋さんの弟は芸能科でセイくんと同じクラスか。
稀に見るほど偶然かも。