唐突に響いた、どこか冷めた声音。
冷水を浴びせかけられたかのような心地がした。血の気が引いていく。
「蒼……。」
私たちの席のそばまで来ていた蒼を見上げ、佐古くんが小さく零した。
蒼はスクールバッグを背負うように持ったまま、私と佐古くんのつながれた手を――心なしか、皮肉そうな目で見下ろしている。
「蒼、これは……。」
「別に、好きにすればいいだろ。言い訳する必要もない。――宮野と佐古が付き合ってようが、別にオレにはなんの関係もないからな。」
佐古くんの言葉を遮って、蒼はそう言い放った。
その瞬間、まるで氷を心臓に直に当てられたような心地になった。
顔から血の気が引いていき、手指の先から温度がなくなっていく。
佐古くんが思わずというように立ち上がった。
「っ蒼、お前なあ!」
「――いいよ、佐古くん!」
蒼に詰めよろうとした佐古くんのそでを掴んで、慌てて止める。
「いいよ……。」
――かばわれたら、余計にみじめだ。
佐古くんは視線をさまよわせたが、やがて「ごめん。」とつぶやいて、席に座り直した。
蒼は鼻を鳴らして、さっさと自分の席へ向かう。
――関係ない、か。そうだよね。
だって蒼は私を振った。振ったんだから、私が手をつなごうと――誰と付き合おうとどうでもいいに決まっている。
「……っ。」
頭では、理解出来る。
でも、心は痛くて仕方がなかった。
*
「おかえり、ひな……ってどうした? 元気なくない?」
「あ、茜くん……。」
ドアを開けてくれた茜くんの顔を見て、一瞬、ぎょっとする。茜くんはやっぱり蒼とそっくりで、まるで蒼が出迎えてくれたのかと思ってしまった。
「ただいま。あの、お留守番ありがとうございます。」
「や、それは全然いいんだけど……なんかあった?」
心配そうに眉尻を下げる茜くん。
心配させて申し訳なくなると同時に、気にかけてくれているのがじんわりと嬉しくて、私はちょっと笑った。
「大丈夫だよ。ちょっと、蒼に言われたことが堪えちゃっただけで……。」
「……蒼に? とにかく中入んな。ほらひな、バッグちょうだい。」
茜くんがさりげなく荷物を持って、リビングに入っていく。
そのスマートさに、なんだかむずむずどぎまぎしてしまう。……やっぱり茜くん、大人だ。大人で、余裕があってかっこいい。同じ高校生のはずなのに、ついこの間まで中学生だった高校一年生と高校三年生じゃ、全然違うんだなあと思わされる。
茜くんは麦茶の入ったコップを私の前に出してくれると、「で?」と言って私を見た。
「蒼に何言われたんだよ?」
「え、え~……それ、聞く? 大丈夫だよ、もう。蒼の言ってることって、当たり前のことだし……。」
「聞く。」
――その、有無を言わせない態度に、私は大人しく「はい」と答えるしかなく。
今日あったことを、茜くんに細大漏らさず話した。
佐古くんに謝られたこと、仲直りの途中で手を握られたところを偶然青に見られて、「宮野と佐古がつき合ってようが、別にオレにはなんの関係もないし。」と言われてしまって、勝手に傷ついてしまったこと。
……そして、全て聞き終わった茜くんは、そうだった。
ほんの少し唇をとがらせて「フーン。」と言う。
「茜くん……? なんか、怒ってる?」
「べつに。……にしても蒼、むかつく言い方するよな。いくら腹立ってたからってさあ。ほんっと、人の気持ちを察せられないっていうか……。」
「は、腹立って……な、なんで? 蒼は、私のことなんかどうでもいいはずで、」
「――どうでもよくなんかないよ。」
茜くんが言った。いやに真剣な声音だった。
「どうでもよくなんかない。腹が立ったのだって絶対、」
「あ……茜くん?」
「……とにかく、蒼はお前をどうでもいいなんて思ってないよ。根拠はないけど。」
「ないんだ……。」
……でも、そうだったらいいな。
どうでもいいって思われてるならいっそ嫌われてた方が、関心を持たれているって意味ではましかもって思ってたから。
「それにさあ、」
そしてふと、手に、温かい感触がした。
なんだろうと思って見てみれば、私の手に茜くんの手が重なっている。骨ばった、男の子の――否、男の人の手。
「何、他の男に手なんて握らせてるんだよ。」
「えっ……。」
「――蒼のことは、根拠はない。……でも、少なくとも俺にとってはまったく、どうでもよくなんかない。お前と佐古が付き合ってて、どうでもいいなんて思えない。」
茜くんの目が、まっすぐ私を捉える。頬が一気に熱くなる。
……それって。
「気安く触られたりしないで。俺が嫌だから。……わかった?」
「は、はい……。」
――どうしよう。頬が熱い。心臓がうるさい。
私は唇を噛みしめて、慌てて下を向いた。
違うよね? そういう意味じゃないよね? 勘違いさせるようなことを言わないでほしかった。
――だって、心が揺れてしまう。声も顔もそっくりで、優しいところも昔の蒼そっくりだ。
茜くんは蒼じゃないのに。
蒼に告白したばっかりで、こんなの……。
「つーかさ、ひな! 今度の土曜、デートしない?」
――と、そこで、茜くんがいきなりそんなことを言った。
「え⁉ で、デート⁉」
「蒼、むかつくし、すげーおめかしして可愛くして、オレと出かけようよ。気分転換にもなるし……それに蒼、土曜は駅前のゲーセンとかいること多かったよな? 見せつけて、嫉妬させてやろうよ。」
目を剥く私に構わず、「決まり!」と笑顔で言う茜くん。
で。デート……。蒼に見せつけて、嫉妬させる……。そんなの、いいのかな。でも、楽しそうではあるかも。
私はややあってから、「わかった。」と頭を下げた。
「土曜日、空けとくね!」
冷水を浴びせかけられたかのような心地がした。血の気が引いていく。
「蒼……。」
私たちの席のそばまで来ていた蒼を見上げ、佐古くんが小さく零した。
蒼はスクールバッグを背負うように持ったまま、私と佐古くんのつながれた手を――心なしか、皮肉そうな目で見下ろしている。
「蒼、これは……。」
「別に、好きにすればいいだろ。言い訳する必要もない。――宮野と佐古が付き合ってようが、別にオレにはなんの関係もないからな。」
佐古くんの言葉を遮って、蒼はそう言い放った。
その瞬間、まるで氷を心臓に直に当てられたような心地になった。
顔から血の気が引いていき、手指の先から温度がなくなっていく。
佐古くんが思わずというように立ち上がった。
「っ蒼、お前なあ!」
「――いいよ、佐古くん!」
蒼に詰めよろうとした佐古くんのそでを掴んで、慌てて止める。
「いいよ……。」
――かばわれたら、余計にみじめだ。
佐古くんは視線をさまよわせたが、やがて「ごめん。」とつぶやいて、席に座り直した。
蒼は鼻を鳴らして、さっさと自分の席へ向かう。
――関係ない、か。そうだよね。
だって蒼は私を振った。振ったんだから、私が手をつなごうと――誰と付き合おうとどうでもいいに決まっている。
「……っ。」
頭では、理解出来る。
でも、心は痛くて仕方がなかった。
*
「おかえり、ひな……ってどうした? 元気なくない?」
「あ、茜くん……。」
ドアを開けてくれた茜くんの顔を見て、一瞬、ぎょっとする。茜くんはやっぱり蒼とそっくりで、まるで蒼が出迎えてくれたのかと思ってしまった。
「ただいま。あの、お留守番ありがとうございます。」
「や、それは全然いいんだけど……なんかあった?」
心配そうに眉尻を下げる茜くん。
心配させて申し訳なくなると同時に、気にかけてくれているのがじんわりと嬉しくて、私はちょっと笑った。
「大丈夫だよ。ちょっと、蒼に言われたことが堪えちゃっただけで……。」
「……蒼に? とにかく中入んな。ほらひな、バッグちょうだい。」
茜くんがさりげなく荷物を持って、リビングに入っていく。
そのスマートさに、なんだかむずむずどぎまぎしてしまう。……やっぱり茜くん、大人だ。大人で、余裕があってかっこいい。同じ高校生のはずなのに、ついこの間まで中学生だった高校一年生と高校三年生じゃ、全然違うんだなあと思わされる。
茜くんは麦茶の入ったコップを私の前に出してくれると、「で?」と言って私を見た。
「蒼に何言われたんだよ?」
「え、え~……それ、聞く? 大丈夫だよ、もう。蒼の言ってることって、当たり前のことだし……。」
「聞く。」
――その、有無を言わせない態度に、私は大人しく「はい」と答えるしかなく。
今日あったことを、茜くんに細大漏らさず話した。
佐古くんに謝られたこと、仲直りの途中で手を握られたところを偶然青に見られて、「宮野と佐古がつき合ってようが、別にオレにはなんの関係もないし。」と言われてしまって、勝手に傷ついてしまったこと。
……そして、全て聞き終わった茜くんは、そうだった。
ほんの少し唇をとがらせて「フーン。」と言う。
「茜くん……? なんか、怒ってる?」
「べつに。……にしても蒼、むかつく言い方するよな。いくら腹立ってたからってさあ。ほんっと、人の気持ちを察せられないっていうか……。」
「は、腹立って……な、なんで? 蒼は、私のことなんかどうでもいいはずで、」
「――どうでもよくなんかないよ。」
茜くんが言った。いやに真剣な声音だった。
「どうでもよくなんかない。腹が立ったのだって絶対、」
「あ……茜くん?」
「……とにかく、蒼はお前をどうでもいいなんて思ってないよ。根拠はないけど。」
「ないんだ……。」
……でも、そうだったらいいな。
どうでもいいって思われてるならいっそ嫌われてた方が、関心を持たれているって意味ではましかもって思ってたから。
「それにさあ、」
そしてふと、手に、温かい感触がした。
なんだろうと思って見てみれば、私の手に茜くんの手が重なっている。骨ばった、男の子の――否、男の人の手。
「何、他の男に手なんて握らせてるんだよ。」
「えっ……。」
「――蒼のことは、根拠はない。……でも、少なくとも俺にとってはまったく、どうでもよくなんかない。お前と佐古が付き合ってて、どうでもいいなんて思えない。」
茜くんの目が、まっすぐ私を捉える。頬が一気に熱くなる。
……それって。
「気安く触られたりしないで。俺が嫌だから。……わかった?」
「は、はい……。」
――どうしよう。頬が熱い。心臓がうるさい。
私は唇を噛みしめて、慌てて下を向いた。
違うよね? そういう意味じゃないよね? 勘違いさせるようなことを言わないでほしかった。
――だって、心が揺れてしまう。声も顔もそっくりで、優しいところも昔の蒼そっくりだ。
茜くんは蒼じゃないのに。
蒼に告白したばっかりで、こんなの……。
「つーかさ、ひな! 今度の土曜、デートしない?」
――と、そこで、茜くんがいきなりそんなことを言った。
「え⁉ で、デート⁉」
「蒼、むかつくし、すげーおめかしして可愛くして、オレと出かけようよ。気分転換にもなるし……それに蒼、土曜は駅前のゲーセンとかいること多かったよな? 見せつけて、嫉妬させてやろうよ。」
目を剥く私に構わず、「決まり!」と笑顔で言う茜くん。
で。デート……。蒼に見せつけて、嫉妬させる……。そんなの、いいのかな。でも、楽しそうではあるかも。
私はややあってから、「わかった。」と頭を下げた。
「土曜日、空けとくね!」