*
お母さんはあのあと、バタバタと家を出ていった。
茜くんを出迎えた時のお母さんは悠長そうだったけど、その実めちゃくちゃ仕事が詰まっていたらしい。
そして、茜くんと私で、ぽつんとリビングに二人きり。
並んでリビングのソファに座って、何もつけてないテレビを見つめて。
……き、気まずい……。
「ひな。」
「は、はいっ!」
不意に、茜くんが勢いよくソファから立ち上がった。
ばっ、と真剣な顔を向けられて、慌てて返事をする。
「夕飯さ。好きなもの頼めって、お金渡されただろ。」
「う、うん、」
たしかに、渡された。多めに五千円。
おそらく食べ盛りの男子が一緒なので気を使ったのだろう。お母さんにはやや見栄っ張りなところもあるので、わざと多めに渡したのかもしれない。
「頼むんじゃなくて、作ろうぜ、一緒に!」
「……えっ?」
――トントントントン。
茜くんがたまねぎをみじん切りにしていく。その手際のよさに、ほお、と息をついた。
「茜くんて、料理できるんだ……。」
「まあもう俺高三で、そろそろ大学生になるし、多少はね。ひなだって手際いいだろ?」
「まあ、私はたまに、お母さんが事務所に泊まり込むから……。自分で作る機会、そこそこあるんだよね。」
おみそ汁の味噌を溶かし終え、ぐるりとおたまで鍋をかき混ぜる。
「蒼は多分、料理できないから、なんか、意外かも。」
「……そうなの? なんで知ってんの?」
「前、家庭科で同じ班になって、調理実習したことがあって。苦手そうだったから。」
野菜を切るのが下手くそで、同じ班の他の男子にからかわれてた。
私は昔から、忙しいお母さんの代わりにたまにご飯を作ってたから、家庭科で扱うメニューくらいは作れる。
……それで蒼、「手際いいじゃん、すごいな宮野。」って褒めてくれたんだっけ。それで「今度教えてくれね?」って言ってくれて――冗談だったんだろうけど。
中学生になってから今まであまり話せていなかったから、そう言ってもらえたのがすごく嬉しかったことをよく覚えている――結局、三年経っても「今度教える」は果たせていないのだけれど。
「……茜くんは、料理できるようになるまで、練習したりしたの?」
蒼は少なくとも、練習したことはないと思う。
茜くんが、挽き肉の入ったボウルにたまねぎを投入する。つなぎを入れて、ぐねぐねとこね混ぜていく。
「ん、まあね。今の時代、家事を覚えて悪いこととかないだろうし。」
「まあ、たしかに。」
「……それに、料理好きな子が彼女だったら、一緒にご飯作ったりできるだろ?」
今みたいにさ。
そう言って、茜くんがやわらかく微笑んだ。
「えっ……。」
どういう、意味……?
そんなことを考えてしまった次の瞬間、右手の指が鍋のフチに当たってしまった。
「あつっ。」
「っバカ、ひな! すぐ冷やせ!」
思わず声を上げると、すぐさま手を取られ、流し台まで連れていかれる。
熱された鍋のフチに当たって少しだけ赤くなった右手。その手首を掴んで、流水に私の指を当てさせる。
「火、使ってる最中にぼうっとするなよ。危ないだろ?」
「ご、ごめんなさい。」
……後ろから私の手首を掴んで固定しているから、まるで、後ろから抱きしめられているような体勢になる。
心臓がバクバク、大きく音を立て始める。
――一緒にご飯作ったりできるだろ、今みたいにさ。
さっき言われた言葉が、脳裏によみがえる。
……背中が温かくて、熱い。
流水の冷たさなんて、忘れてしまうくらいに。
お母さんはあのあと、バタバタと家を出ていった。
茜くんを出迎えた時のお母さんは悠長そうだったけど、その実めちゃくちゃ仕事が詰まっていたらしい。
そして、茜くんと私で、ぽつんとリビングに二人きり。
並んでリビングのソファに座って、何もつけてないテレビを見つめて。
……き、気まずい……。
「ひな。」
「は、はいっ!」
不意に、茜くんが勢いよくソファから立ち上がった。
ばっ、と真剣な顔を向けられて、慌てて返事をする。
「夕飯さ。好きなもの頼めって、お金渡されただろ。」
「う、うん、」
たしかに、渡された。多めに五千円。
おそらく食べ盛りの男子が一緒なので気を使ったのだろう。お母さんにはやや見栄っ張りなところもあるので、わざと多めに渡したのかもしれない。
「頼むんじゃなくて、作ろうぜ、一緒に!」
「……えっ?」
――トントントントン。
茜くんがたまねぎをみじん切りにしていく。その手際のよさに、ほお、と息をついた。
「茜くんて、料理できるんだ……。」
「まあもう俺高三で、そろそろ大学生になるし、多少はね。ひなだって手際いいだろ?」
「まあ、私はたまに、お母さんが事務所に泊まり込むから……。自分で作る機会、そこそこあるんだよね。」
おみそ汁の味噌を溶かし終え、ぐるりとおたまで鍋をかき混ぜる。
「蒼は多分、料理できないから、なんか、意外かも。」
「……そうなの? なんで知ってんの?」
「前、家庭科で同じ班になって、調理実習したことがあって。苦手そうだったから。」
野菜を切るのが下手くそで、同じ班の他の男子にからかわれてた。
私は昔から、忙しいお母さんの代わりにたまにご飯を作ってたから、家庭科で扱うメニューくらいは作れる。
……それで蒼、「手際いいじゃん、すごいな宮野。」って褒めてくれたんだっけ。それで「今度教えてくれね?」って言ってくれて――冗談だったんだろうけど。
中学生になってから今まであまり話せていなかったから、そう言ってもらえたのがすごく嬉しかったことをよく覚えている――結局、三年経っても「今度教える」は果たせていないのだけれど。
「……茜くんは、料理できるようになるまで、練習したりしたの?」
蒼は少なくとも、練習したことはないと思う。
茜くんが、挽き肉の入ったボウルにたまねぎを投入する。つなぎを入れて、ぐねぐねとこね混ぜていく。
「ん、まあね。今の時代、家事を覚えて悪いこととかないだろうし。」
「まあ、たしかに。」
「……それに、料理好きな子が彼女だったら、一緒にご飯作ったりできるだろ?」
今みたいにさ。
そう言って、茜くんがやわらかく微笑んだ。
「えっ……。」
どういう、意味……?
そんなことを考えてしまった次の瞬間、右手の指が鍋のフチに当たってしまった。
「あつっ。」
「っバカ、ひな! すぐ冷やせ!」
思わず声を上げると、すぐさま手を取られ、流し台まで連れていかれる。
熱された鍋のフチに当たって少しだけ赤くなった右手。その手首を掴んで、流水に私の指を当てさせる。
「火、使ってる最中にぼうっとするなよ。危ないだろ?」
「ご、ごめんなさい。」
……後ろから私の手首を掴んで固定しているから、まるで、後ろから抱きしめられているような体勢になる。
心臓がバクバク、大きく音を立て始める。
――一緒にご飯作ったりできるだろ、今みたいにさ。
さっき言われた言葉が、脳裏によみがえる。
……背中が温かくて、熱い。
流水の冷たさなんて、忘れてしまうくらいに。