「ええっ、茜くん⁉ やだ、大きくなったわねえ!」
「こんにちはー、おばさん。相変わらずキレーですね!」
「やだ、お世辞も言えるようになっちゃって!」

きゃー、なんて言いながら、お母さんが茜くんの背中を叩く。
……ど、どうしよう。
つい、家まで連れて来てしまった。



――あの後、茜くんの前で本格的に号泣してしまって。

ようやく泣き止んで、人の前で泣きわめいてしまった恥ずかしさと自己嫌悪に呆然としていと、見かねた茜くんが家まで送ってくれたのだ。
茜くんはお母さんと話しながら、楽しそうににこにこ笑ってる。
……お母さんと会うのなんて本当に久々のはずなのに、すぐに打ち解けてしまった茜くんは、さすが蒼の従兄だなという感じだ。
少しだけまた胸が痛んで、俯く。
明るくて、誰とでもすぐに仲良くなれるところまで、そっくりだ。

「でも茜くん、どうしてこっちに? 蒼くんちに遊びに来たの?」
「あ、それ……。」

私も、気になっていた。
茜くんの家は結構遠いところだったはず。引っ越し先もよく知らないし、蒼も連絡を取ってる素振りはなかった。
どうしていきなり、ここに戻って来たんだろう……?

「あー、えっと、それなんだけど、実はさ……。」

すると、茜くんは気まずそうに目をそらした。

「オレ、家出してきたんだよね。」
「えっ!」
「あら……。」

ちょっと親と派手なケンカしてさ、と言って、茜くんが舌を出す。
その仕草が年上らしくなくてかわいらしく見えて、ちょっとドキッとしてしまう。

「やだ、すぐ親御さんに連絡しないと! ……ああでも、茜くんの親御さんの今の連絡先、わかんないわあ……。」
「いーですよ別に連絡しなくて。十八の男が何日か家を留守にするくらい、大騒ぎしたりしないって。」
「そういう訳にはいかないでしょ、せめて蒼くんちには連絡を……。」

わたわたとスマホを取り出すお母さん。
蒼の名前に、びく、と肩が跳ねた。

「いいって。……蒼んちに連絡したらすぐ親に居場所がバレちゃうだろ? 一、二週間くらいしたら観念して家戻るし!」
「でも……。」
「ね、お願いです! 連絡は今はやめといて!」

ぱちん!

茜くんが、このとおり! と言って手を合わせる。
お母さんはしばらく迷ってたみたいだったが、ややあってから、「仕方ないわねえ。」と肩を竦めてみせた。

「……でも茜くん、蒼くんちがダメならそれまで、どこに泊まるの? 宿の当てはあるの?」
「えっ。」

茜くんがきょとん目を丸くして、それから、苦々しい声で「あー……。」とつぶやく。
……え。もしかして、考えてなかったの?
小さい頃お世話になったお兄さんのおっちょこちょいなところは、なんだか意外に思えた。親御さんと派手な喧嘩をして家を飛び出してきた、という向こう見ずさも、振る舞いが大人びている彼らしくなく感じる。

お母さんは少し唸ると、「あっ!」と声を上げた。

「そうだ、なら、うちに泊まればいいわ!」
「えっ⁉ お、お母さん⁉」
「ほら、お母さんこれからしばらく忙しくなるから、家を空けなくちゃいけなかったんだけど……。」

でも女の子、家に一人にするのは心配でしょう? とお母さんが言う。
お母さんは小さな弁護士事務所で弁護士をしている。だからごくたまに大きな仕事があると、多忙を極めてて事務所に泊まり込むこともあるのだ。
だが、今はお父さんはちょうど長期の単身赴任中。泊まり込みをしたら、私が家に一人になってしまうから、今回はやめるべきか悩んでいたらしい。

「でも、茜くんがいてくれるなら安心して家を空けられるわ。ね、どう? 部屋も空いてるし。」
「え、ちょ、お母さん、」
「え、いいんですか?」
「茜くん⁉」

ぱっと顔を明るくさせた茜くんに、ぎょっと目を見開く。
そんな。……茜くんが、うちで過ごすの? 何日も?
 しかも……お母さんがいない、私だけの家で?

「蒼くんの従兄の茜くんなら信用できるし、お願いできたら嬉しいわ。雛子のこと、頼める?」
「お、お母さん……!」
「もちろん。……ひなのことはオレが守ります。」

きっぱり。
言い切った茜くんに、私はぽかんと口を開けた。
ひなはオレが守る。……蒼そっくりなその声で言われたセリフに、じわじわと頬が熱くなる。

「ふふ、じゃあ、お願いね!」
「任せてください。」

胸を軽く叩いた茜くんが、私を見て微笑む。

「じゃあしばらくの間、よろしくな、ひな。」

その笑顔が、大人っぽくて恰好よくて、ドキーッと胸が高鳴る。
これって……お母さんがいないあいだ、私たち、二人っきりってことだよね?
……ど、どうしよう。
まさか、こんなことになるなんて!