……どうして。


「おいおい、蒼、モテモテじゃん！」
「イマドキ、ラブレターとかさ。なかなかもらえないぜ？」


……どうして。


「送り主、宮野かあ～。オレ、話したことねーや。」

すーっと、急激に胸の奥が冷えていく。

「蒼は幼なじみなんだっけ？　どんなやつ？」
「あの、大人しくて地味めな女子だろ？　『ずっと好きだった』だって！　ひゅー、ぴゅあぴゅあじゃん！」
「ハァ？　知らねーし、あんなやつ。」

　嫌そうな蒼の声に、私はハ、と短く息を吐き出した。
　咄嗟に隠れた、教室の扉の後ろ。
　蒼と、その友だちが話している内容を聞いて――とても立っていられなくて、私はそのままずり落ちるようにしてその場に座り込んだ。

「ひでー言い方！」
「返事どうすんの？　その感じだと断るわけ？」


「……あったりまえだろ。幼なじみとか、昔の話だし。親しくもないやつからこんなんもらったって、気持ち悪いだけだろ」


　……、酷い。　
　ぽろり、と、目から涙が零れた。
胸にぽっかり穴が開いて、そこから冷たい隙間風が、びゅうびゅう吹いているようだった。

「気持ち悪い、なんて……。」

　蒼、そんなに私が嫌いだったんだ。
　最近、たしかにあんまりしゃべれてなかったけど、そんなふうに思ってたんだ。
　心臓が、引きしぼられるように痛い。ひゅうひゅうと細く息を吸って、吐く。

「やめなよ、こういうの。……手紙だって人に見せるもんじゃないだろ、蒼。」

庇ってくれてるのは、佐古くんだろうか。蒼の親友だ。
けれど……その言葉を聞いてわたしは、優しいな、と思うよりも――なんて惨めなんだろう、と思った。
手紙を回し読みされて、気持ち悪いなどと言われて。
そう言った蒼の友達にかばわれて。

……惨めで、辛くて、もうだめ。

忘れ物なんて取りに帰るんじゃなかった。

余計なことするから、私の手紙を男子が回し読みしてる場面になんて遭遇するんだ。
早く帰ろう。こんな場所にいたくない。


――ガタッ。


「あっ、」

慌てて立ち上がったせいか、寄りかかっていた扉が音を立てた。
机の上に腰かけて、忌々しそうに私の手紙を見ていた蒼が、ハッとしたようにこちらを見る。
ばち、と目が合って――蒼の顔が瞬時に強張った。

「え、やべ、宮野……。」
「今のまさか、聞いて……？」

その場にいた男子が、ひきつった声を漏らす。
それを聞いてカッ、と頬が熱くなった。ギュッと唇を噛んで、慌ててその場から逃げ出した。
最悪だ、と思った。
見られた。
泣いてるのも、多分、蒼に。こんな惨めなことって――。

「待っ、ひな――宮野！」

蒼の声が背中に投げつけられるけど、振り返らずに走った。


『ひな！』


満面の笑みで、そう読んでくれた子どもの頃の蒼の顔を思い出す。
胸が痛くて、冷たくて、涙が出た。
呼び止めようとする時すら、名前で呼んでくれないんだ。
ぼろぼろ零れる涙を拭ながら、ただただ走る。

……バカみたいだ、私。
らしくなく勇気なんて出して、こんなことになって。
ホント、バカみたい。