「ん? やっぱりたけるくんも食べる? はい、あーん」

 僕の方へといちごをすくったスプーンを差し出してくる。
 さすがにこれは恥ずかしい。そもそもさっきの彼女達は誤解しているようだったけれど、僕たちは特につきあっていたりする訳じゃない。

「いや彼氏彼女でもないんだし、あーんはないだろ」
「ん? 別にいいと思うけど。まぁたけるくんが嫌ならあーんはやめとくね」

 こはるはスプーンの柄を僕の方に向ける。自分で食べろという事だろうか。
 さすがにここまで断るのも気がひけて、スプーンを受け取ってパフェを口に運ぶ。
 冷たいクリームの甘みと、甘酸っぱいいちごの酸味が口の中に広がっていく。

「あ、けっこううまい」
「でしょー。キタミ亭のパフェは最高なんだから。チョコパフェも美味しいんだよ。ボク、大好きなんだよ。ほら、たけるくんも、もっとたべてたべて」

 こはるは僕が食べるのを見つめながら、うれしそうな笑顔を浮かべていた。
 そんな彼女を見ていると、何となく僕も楽しくなってきていた。
 ちょっと変わった出会いではあったけれど、こはるは普通に同じ学校の生徒だし、可愛い女の子だし。少なくとも悪い子ではなさそうではある。

「美味しい?」
「ああ、うん。美味しいよ」

 小首をかしげながら尋ねるこはるに答えると、こはるは満足そうに笑みを浮かべる。

「そっかー。良かった。それでボクとの間接キスはどうだった?」

 唐突な問いに思わずむせかえる。
 何を聞いているんだ、こいつは。
 確かに言われてみたらそうかもしれないが、それまではまったく気にもとめていなかった。しかしこうして言われてしまうと、妙に意識してしまうというものだ。
 確かにそうなんだが。そうなんだが。

 女子が苦手だというほどではないけど、普段はあまり接点もない。だから当然のことながら、キスなんてしたことないし。キスってどんな感じなんだろ。いや、そうじゃなくて。
 こはるは自分の口元に指先をあてていた。その先にある妙につややかな唇を意識せずにはいられなかった。

 ああああ。なんかもう振り回されているな。
 急に心臓がばくばくと音を立てて、顔が熱くなってくる。周りの空気が二度くらい急に上がったような気すらしていた。

「い、いや別に。そんなん気にならないし。たたた、たいしたことだろ」
「急にどもってるよ?」
「ああああ。もう、君は僕に何をさせたいんだ」
「ボクのこと、ちゃんと覚えて意識してもらいたいなって」

 こはるはいたずらな笑みを浮かべていた。
 小悪魔というのは、こういうやつの事を言うのだろうか。意識しました。しましたよ。僕は女の子になれていないんだから、もう少しお手やわらかにお願いしたい。
 僕の心はすっかりこはるにかき乱されている。
 だけどそれが嫌だとは思えなかったのは、こはるがのぞかせる朗らかな笑顔のせいなのだろうか。

 正直可愛い女の子にアピールされて嫌な男はあまりいないと思う。
 こはるは本当に僕の事が好きなのだろうか。罰ゲームじゃないのなら、どうして僕の事を好きだというのだろう。どこかにそんなきっかけでもあっただろうか。

「君は」
「あ、こはるって呼んでね」
「……こはるは、本当に僕の事が好きなの?」

 正直なところ僕はまだ信じられない。
 こんなに可愛い子が僕の事を好きになるなんて、天地がひっくり返ったとしてもあり得ないと思う。いやそれは言い過ぎか。言い過ぎだろ。うん。いや誰に言い訳しているんだか、わからないけど。

「うん。そうだよ。ボクはたけるくんのことが好き」

 当然のような顔をして答えるこはるに、僕は少しだけ眉を寄せる。
 やっぱり何かだまされているような気がする。

「僕のどこが好きなの?」

 意地の悪い質問をしてみる。

「……その質問は想定してなかったな……」

 こはるは震えるような小さな声でつぶやくと、少しだけ僕から視線を移す。
 やっぱり何か裏があるのだろうか。もしそうなら、それはそれでなんかむなしいと思うけれど。
 こはるは少しだけ目を伏せて、小さく息を吐き出す。

「キミはさ、もし自分の前にすごく悩みを抱えていたり、辛い想いをしている人がいたらどうする?」

 突然の問い返しに、少し言葉を失っていた。

「そうだな。その人との関係にもよるけど、悩みをきいてあげるかな」
「まぁ、そうだよね。でもさ、それって口で言うほど簡単じゃなくてさ。案外難しいことなんだ。そうは思っていてもいざそういう場面にあった時に実際に出来る人というのは、それほど多くない」

 こはるは顔を上げて、僕をじっと見つめていた。
 こはるが言いたい事はよくわからなかったけれど、彼女の真剣な表情におされて何も言えなかった。

「だからボクはキミが好きなんだ」

 まっすぐに僕をみつめて告げる。
 でも意味がわからなかった。
 僕は特に誰かを助けたりした覚えはない。いやちょっとした手助けくらいのことだったらもちろんあるけれど、こはるが言うのはそんな話ではないと思う。

「僕は君を助けた記憶なんてないけど」

 少しためらいを覚えながらも、僕はこはるにはっきりと告げる。
 だけどこはるはそれにもひるむこともなく、まっすぐに僕を見つめていた。

「そうだろうね。キミは覚えていないと思う。それでもボクは忘れない。ずっと覚えている。キミがボクを救ってくれたことは」

 彼女の目があまりにも僕を真剣に見据えていたせいか、僕は言葉を失ってしまう。
 何も言えずに固まったまま、僕はこはるを見つめていた。

 僕にはこはるを助けた記憶はない。でもそれは僕が覚えていないからなのだろうか。それともこはるのうそで、本当はそんな事実はないのだろうか。
 僕にはわからなかった。

 ただ彼女は言うことは言ったと思ったのか、再び何事もなかったかのようにいちごパフェを口に運び続ける。僕は馬鹿みたいにその様子をじっと見つめている事しか出来なかった。

「ん、どうしたの? あ、パフェもっと食べたかった。仕方ないなぁ。はい、あーん」

 僕に向けてスプーンを差し出してくる。

「い、いや。だからあーんはないだろ」

 何とか口に出した言葉に、こはるはにこやかに笑みを浮かべていた。

「いいじゃない。ボクとキミの仲なんだから」
「いや、どんな仲だよ。今日あったばかりだし。っていうか、このやりとり、さっきもしたぞ」
「むぅ。そんなに否定しなくても。こうして二人で一緒にキタミ亭でパフェ食べている仲じゃないか」
「いや、まぁ。確かに二人でパフェは食べているけど」
「知ってる? ここで二人でパフェ食べた男女は、絶対に結ばれるって言い伝えがあるんだよ」

 こはるは意地悪い顔をして、僕を見つめていた。

「聴いたことないな」
「そりゃそうだろうね。いまボクが作ったから」
「おい」

 にやけた顔を浮かべながら話すこはるにため息を漏らす。
 どこからどこまでが本気なのかわからない。
 ただこんなやりとりも楽しく感じ始めていた自分に気がついて、わずかながら苦笑を浮かべていた。