僕はこはるを探していた。
 どこにいるかもわからない。何が起きているかもわからない。だけどこはるを探さなければいけない。そう思っていた。
 どこにいけばいいかもわからないけれど、ただ僕は気がつくとこはるの家の前までやってきていた。

 そこがこはるの家だと気がついたのは、目の前にたどりついたときだった。
 でもどうして僕はここがこはるの家だとわかったんだ。心の中で疑問に感じるが、すぐになぜかは思い出していた。

 そうだ。あいつにここで僕は殴られた。怒りと悔しさと強い感情の起伏を覚えている。
 あいつからこはるを引き離さなきゃいけない。細かい事は思い出せないけど、そう強く思った。

 その瞬間に僕のスマホが音を奏でていた。ライムの音だ。
 またかなみだろうか。実際メッセージを送ってくるのは、かなみくらいだ。だったら確認するのは後でいいだろうかとも思う。
 でも絶対に今見ないと後悔する。そんな何か大きな強迫観念にかられて、僕はスマホを開く。
 届いていたメッセージ。

『助けて』

 その言葉をみた瞬間。
 僕の頭の中に何かが流れていく。激しく濁流のように、僕の中にいくつもの映像が浮かんでは消えていく。

 こはるとの出会い。
 こはると一緒に遊んだこと。
 こはるからの告白。
 そして。

 こはるをあの男から助けようとしたこと。
 そうだ。あいつだけは許せないんだ。
 あの男はこはるを汚そうとしていた。
 自分の立場につけこんだ卑劣な奴だった。

 僕はそういう奴が一番嫌いだった。
 自分が清廉潔白な人間だとは思わない。だけどそれでもやってはいけないことがある。

 それをあいつは犯した。
 そうだ。僕は。こはるを助けたいんだ。こはるを助ける。

 僕は。
 それと共にこはるの家の中から強い声が聞こえた。

『たけるくん。たけるくん。たけるくん。助けて。助けて!!』

 こはるが僕を呼んでいた。
 僕に助けてと叫んでいた。
 こはるはそこにいる。家の中にいる。

 理屈ではありえない。でも僕はこはるの声が届いていた。
 こはるの気持ちが届いていた。

 だから僕は家の扉を開く。
 こはるがあの男につかまっていた。思わず僕は叫ぶ。

「こはるを離せ!!」

 僕はそのままあの男へと飛びかかっていた。

「お前は!?」

 あの男が声を漏らしていた。
 でもそんなことはかまうことはない。僕はこはるを救う。こはるを助けるんだ。
 それ以外には何も考えていなかった。
 なんでそう思えたのかわからない。でも目の前の彼女を救うことが、僕にとって一番大切なことなんだ。
 こはるを救う。ただそれだけのために、僕は飛びかかる。

「なんでお前がここにいるんだ!? なぜ」

 男の言葉はきかずに、僕はそのまま体をぶつけていた。
 こはるの手をつかんでいた腕が離れる。
 男はそのまま床へと倒れていたから、僕はそのまま相手の上へととびのって抑える。

「こはる、警察を呼ぶんだ! はやく!」
「あ、う、うん」

 叫んだ声にこはるが反応していた。
 よし。これでいい。あとは警察がくるまで、こいつを何とか抑えればこちらの勝ちだ。
 こいつには確か接近禁止命令が出ているはず。こはるに近づいただけで罪になる。だから僕はこいつを逃がさないだけでいい。

「きさま!?」

 ただ男は僕をはじき飛ばすようにして立ち上がる。
 かなりの力だった。だけどすぐに僕は男の腰へと飛びかかる。
 男はふらついて倒れかけるが、それでも何とか耐えると、僕をその手で殴り飛ばしていく。
 強い衝撃が走った。
 痛みが何度も送られてくる。
 それでもいい。離すもんか。絶対に離さない。
 こいつをここで取り逃す訳にはいかないんだ。僕は絶対に離さない。
 そして痛みと共に、僕の心の中のもやが少しずつ晴れていくのを感じていた。
 直接的な記憶ではなく、この間接的な心が、僕の病気を少しずつ消しているのがわかる。

「警察ですか!? いま襲われているんです。助けてください!」

 こはるは警察への通報は出来たのだろう。
 あとはこいつを抑えつけておけばいい。
 まだ記憶はすべてを取り戻した訳ではない。
 でもこはるを助けなければいけない。その気持ちだけは本当の気持ちだった。

「こはる! 鍵を閉めろ。こいつを逃がすな」

 僕は叫ぶ。
 警察が来るまで取り押さえなければ。
 もうこんなことはさせない。こはるを。助けるんだ。僕が。

「離せ! なんでお前が」

 男は僕の頭を殴りつける。強い痛みが走っていた。
 でも僕は離さない。こいつを絶対に許してたまるものか。
 そうだ。以前にもこんなことがあった。
 僕はこはるを助けたいと思った。だからわざと殴られて、そしてこいつを犯人に仕立て上げることで証拠を作った。
 ならもういちど。こんどこそ完璧な証拠を作るんだ。

「絶対に僕はお前を許さない。僕は、こはるを守る。だって僕は」

 相手をつかんでいる両手に力を込める。

「こはるのことが大好きだから!!!」

 思いだした。思い出していた。
 僕はこはるが好きなんだ。
 こはるを守りたいんだ。

 何度も何度も忘れていた。忘れてしまっていた。
 思い出していた。

 こはるを大好きなこと。
 こはるを大好きでいたいこと。

 大好きなことを思い出したから、忘れてしまうかもしれない。忘れたくない。
 でも僕が思い出さなければ、こはるが傷つけられてしまう。
 こいつからこはるを守るために、僕はすべてを思い出した。

 これで僕はまたこはるのことを忘れてしまうのかもしれない。
 でも今はこはるのことを守る。今は忘れない。絶対に守る。絶対に。

 僕の右手が逆に男の頭を捉える。
 あいつは吹き飛んで転がっていく。
 そのまま男の上に覆い被さる。相手の手をひねりあげながら、そのまま床へと抑えつけていた。
 僕だってサッカー部でそれなりに体を鍛えている。もう二度とこんな真似はさせない。

「や……やめ……やめろ……」
「二度とこはるに近づくな! 僕が許さない。何度お前がやってきても、僕が絶対に、こはるを守るから!!」
「わ……わかった……わかったから……離してくれ……!!」

 男は悲鳴のような声をあげる。
 それでも僕はこいつを離さない。
 もう二度と、絶対にこはるに近づけないように。
 僕はすべてを思い出していた。こはるを守りたいという気持ちが僕を突き動かしていた。
 すべてを忘れてしまったとしても、こはるを守るために。
 ただ警察がくるまで、僕はこいつを抑え続けていた。