ボクは震えていた。
何も出来なかった。逆らうことが出来なかった。
以前はたけるくんがいてくれたから、何とか力を出すことが出来た。でもボクはたけるくんにとって負担になってしまう。だからたけるくんに助けを求めることも出来ない。
車に乗せられて連れてこられたのは、まさかのボクの家だった。
ここにきて何をしようというのだろう。まさかいまさらもう一度家族ごっこをするために来たわけでもないだろう。
もしかして離婚をした母への復讐をするつもりなのだろうか。
あいつが何をしようとしているのか、ボクには想像もつかなかった。
「さぁ、鍵を開けてくれないか」
あいつはボクをうながすように、肩の上に手をおく。
体に触れられてびくんと震え上がる。
もしかして以前の続きをするつもりなのだろうか。
ここで手にいれられなかったボクを、もういちどここで慰み者にするつもりなのだろうか。
でも逆らうことは出来なかった。温和そうに見えるその表情の奥に、でも目が笑っていないことにボクは気がついていた。
「で、でも」
思わずためらいの言葉を口にする。
その瞬間、激しい音が鳴り響いた。
一瞬何が起きたのかわからなかった。でもあいつがドアを強く蹴り飛ばしたのだと、すぐにわかった。
「でも、じゃないだろう。お父さんを待たせるなんて悪い娘だね。これはお仕置きをしないといけないかな」
そういって、ボクのあごをもって顔を上げさせられる。
恐かった。恐ろしかった。
以前の記憶がよみがえってきていた。
そうだ。他に誰もいないとき、こいつは豹変するんだ。
何回殴られたり、蹴られたりしたかわからない。
それを思うと、ボクはもう刃向かう気力すら失われていた。
「……はい」
鍵を取り出して扉を開ける。
そこに待っているのは、温かい我が家などではなくて、冷たい牢獄だとわかっているのに、ボクはもうそこにいくことしか出来なかった。
「いい子だ。ちょっと合わないうちに、だいぶん成長したようだしね。以前できなかったことを、今度こそちゃんとしような。親子だもんな」
おぞましいことを口にするあいつに、ボクの体は震え上がっていた。
がくがくとする足はもうまるで言うことをきかない。
「ボクは……お前と親子なんかじゃな……」
「うるさい」
急変したあいつが叫ぶと同時に、ボクは腹部に強い衝撃を感じていた。
目の前が真っ白になって、何も見えない。
痛みがボクを支配していた。
のどの奥から胃酸が上がってくるのを感じていた。焼けるように痛い。
「この間もいっただろう。君と私は養子になっているんだから、親子の縁はきれないんだよ。つべこべいわずに、さっさと入りなさい」
そうだ。以前もこうだった。
優しそうに見える姿は仮の姿で、本当のこいつはこの暴力的な男なんだ。当時のお母さんにはうまく隠していたようだったけど、ボクはこいつの正体を知っていた。
だからこそボクははこいつに逆らえなかった。
あの時にこいつに汚されなかったのは、あいつが少しずつボクへの支配を進めていたから。たまたまボクへの支配が終わりきるよりも早く、たけるくんが助けてくれたからに過ぎない。
絶望にとらえられたボクは、もうそれ以上に何かいうことは出来なかった。
助けて。誰か助けて。助けてよぉ。
ボクは心の中で悲痛な叫びをあげていた。だけど当然助けなんてくるはずもなかった。
鍵をあけて部屋の中に入る。続いてこいつも中に入ってきていた。
「おや、あの頃とあんまり変わってないね。重畳重畳。それでこそ、あの時に失われた時間を取り戻すことが出来るってものだね」
こいつの目的は、たぶんわかっていた。
この部屋で、この場所で、以前に手にいれられなかったもの。
つまりボクを手にいれようって、ボクを汚してしまおうというのだろう。
こいつが辺りを見回している間にスマホを取り出して、ライムのアプリを開く。ダメ元でしかないけれど、メッセージを送ろうとして。
その瞬間にこいつがボクの手を払いのけていた。
強い刺激が走り、がちゃんと音を立ててスマホが転がっていく。
「お父さんと話をしているというのに、スマホを触っているとはいただけないね。まったく。やっぱり君にはお仕置きが必要なんだね」
こいつがボクの方をじっと見つめていた。
その瞬間、ボクの体の震えがもう最大限になって、止まらなかった。
いやだ。いやだよ。助けて。助けてよ。誰か。
たけるくん。たけるくん。たけるくん。助けて。助けて!!
心の中で強く叫ぶ。
でもその声は届かない。
届くはずもない。
「じゃあ、そうだな。君の部屋にしようか。いつも私と君のふれあいは、そこだっただろう」
ボクはこいつの声に何も答えない。
でも逆らえなかった。体が動かなかった。
心が死んでしまったかのように、冷たく凍り付いていく。
ああ。もうダメなんだ。ボクはここで消えてしまう。
どうせなら、最初はたけるくんとひとつになりたかった。
でももうそんなことは叶わない。ボクという存在は汚されてしまう。だからたけるくんと一緒にいる資格なんて、消えてしまうんだ。
ボクは。
いやだ。
そんなこといやだ。いやだよぉ。たけるくん。
ボクは。
ボクは。
強く思った瞬間、ほとんどまともに動かなかった体が突然に動き出していた。
そのまま外へと向かって走り出していく。
「こはる?」
突然のことに驚いたのか、一瞬だけこいつの動きが止まっていた。
その隙に玄関の扉を開けて、外にでようとして。
ドアには鍵がかかっていた。
焦っているせいか、鍵がなかなかあかない。
何とか鍵をあけて、ドアノブをひねろうとして。
ボクの手をこいつがつかんでいた。
「悪い子だね。君は。これは念入りにお仕置きをする必要がありそうだ」
言いながらボクの手をひねりあげて。
「痛い……痛い……やめて。やめて……」
強い痛みがボクの腕から走っていた。絶望がボクを取り込んでいく。
逃げたかった。逃げられると思った。
だけど届かなくて。
「仕方ないよ。お仕置きだからね。まぁ、なに。いつまでも痛くはしないから安心しなさい」
こいつの笑みが、獲物を狙う獣のように思えてボクの体が再び震えていた。
言うことがきかない。もうこれ以上は逃げられなかった。
「いうこときくから……やめて……おねがい……」
抵抗する気力すら失われて、ボクはほそぼそとした声で答える。
ごめんね。たけるくん。
もうだめだ。ボクは。ボクは。
もう。
ぎゅっと目をつむる。
その瞬間だった。
ガチャリと鈍い音が響いた。同時に空気が流れていく。
何が起きたのかわからなくて、ボクは目を開く。
「こはるを離せ!!」
声が響く。何が起きているのかわからなかった。
誰のものかわからなかった。
いや、それは嘘だ。ボクがこの声を聞き忘れる訳もない。
目の前にたけるくんが立っていた。
「お前は!?」
何が起きているのかわからなかった。なぜたけるくんがここにいるのかもわからなかった。
それどころか、たけるくんがボクの名前を呼んでいる。
ボクのことを忘れてしまっているはずなのに。ボクのことを思い出していないはずなのに。
どうして。たけるくんがここに。
たけるくんは目の前にいたあいつへとつかみかかっていた。
「なんでお前がここにいるんだ!? なぜ」
あいつも混乱していたのか、ろくな反応ができていなかった。
たけるくんはあいつへとほとんど体当たりするような形で飛び込んで、ボクから引きはがしていた。
なかば馬乗りになるような形であいつを取り押さえる。
「こはる、警察を呼ぶんだ! はやく!」
「あ、う、うん」
たけるくんの言葉にあわてて転がっていたスマホへと向かう。
それからすぐに110番へと電話をかける。
「きさま!?」
あいつがたけるくんをはじき飛ばすようにして押しのけると、すぐにボクへと向かってきていた。
でもそこにすぐにたけるくんが飛びかかる。
たけるくんが必死にあいつを抑えていた。
前と同じように、あいつがたけるくんを殴りつけていた。
たけるくんはそれでもあいつを離さない。
何が起きているのか、理解が出来なかった。でも。それでも。
たけるくんがここにいる。ボクを助けにきてくれた。
それだけで胸がいっぱいになっていた。
何も出来なかった。逆らうことが出来なかった。
以前はたけるくんがいてくれたから、何とか力を出すことが出来た。でもボクはたけるくんにとって負担になってしまう。だからたけるくんに助けを求めることも出来ない。
車に乗せられて連れてこられたのは、まさかのボクの家だった。
ここにきて何をしようというのだろう。まさかいまさらもう一度家族ごっこをするために来たわけでもないだろう。
もしかして離婚をした母への復讐をするつもりなのだろうか。
あいつが何をしようとしているのか、ボクには想像もつかなかった。
「さぁ、鍵を開けてくれないか」
あいつはボクをうながすように、肩の上に手をおく。
体に触れられてびくんと震え上がる。
もしかして以前の続きをするつもりなのだろうか。
ここで手にいれられなかったボクを、もういちどここで慰み者にするつもりなのだろうか。
でも逆らうことは出来なかった。温和そうに見えるその表情の奥に、でも目が笑っていないことにボクは気がついていた。
「で、でも」
思わずためらいの言葉を口にする。
その瞬間、激しい音が鳴り響いた。
一瞬何が起きたのかわからなかった。でもあいつがドアを強く蹴り飛ばしたのだと、すぐにわかった。
「でも、じゃないだろう。お父さんを待たせるなんて悪い娘だね。これはお仕置きをしないといけないかな」
そういって、ボクのあごをもって顔を上げさせられる。
恐かった。恐ろしかった。
以前の記憶がよみがえってきていた。
そうだ。他に誰もいないとき、こいつは豹変するんだ。
何回殴られたり、蹴られたりしたかわからない。
それを思うと、ボクはもう刃向かう気力すら失われていた。
「……はい」
鍵を取り出して扉を開ける。
そこに待っているのは、温かい我が家などではなくて、冷たい牢獄だとわかっているのに、ボクはもうそこにいくことしか出来なかった。
「いい子だ。ちょっと合わないうちに、だいぶん成長したようだしね。以前できなかったことを、今度こそちゃんとしような。親子だもんな」
おぞましいことを口にするあいつに、ボクの体は震え上がっていた。
がくがくとする足はもうまるで言うことをきかない。
「ボクは……お前と親子なんかじゃな……」
「うるさい」
急変したあいつが叫ぶと同時に、ボクは腹部に強い衝撃を感じていた。
目の前が真っ白になって、何も見えない。
痛みがボクを支配していた。
のどの奥から胃酸が上がってくるのを感じていた。焼けるように痛い。
「この間もいっただろう。君と私は養子になっているんだから、親子の縁はきれないんだよ。つべこべいわずに、さっさと入りなさい」
そうだ。以前もこうだった。
優しそうに見える姿は仮の姿で、本当のこいつはこの暴力的な男なんだ。当時のお母さんにはうまく隠していたようだったけど、ボクはこいつの正体を知っていた。
だからこそボクははこいつに逆らえなかった。
あの時にこいつに汚されなかったのは、あいつが少しずつボクへの支配を進めていたから。たまたまボクへの支配が終わりきるよりも早く、たけるくんが助けてくれたからに過ぎない。
絶望にとらえられたボクは、もうそれ以上に何かいうことは出来なかった。
助けて。誰か助けて。助けてよぉ。
ボクは心の中で悲痛な叫びをあげていた。だけど当然助けなんてくるはずもなかった。
鍵をあけて部屋の中に入る。続いてこいつも中に入ってきていた。
「おや、あの頃とあんまり変わってないね。重畳重畳。それでこそ、あの時に失われた時間を取り戻すことが出来るってものだね」
こいつの目的は、たぶんわかっていた。
この部屋で、この場所で、以前に手にいれられなかったもの。
つまりボクを手にいれようって、ボクを汚してしまおうというのだろう。
こいつが辺りを見回している間にスマホを取り出して、ライムのアプリを開く。ダメ元でしかないけれど、メッセージを送ろうとして。
その瞬間にこいつがボクの手を払いのけていた。
強い刺激が走り、がちゃんと音を立ててスマホが転がっていく。
「お父さんと話をしているというのに、スマホを触っているとはいただけないね。まったく。やっぱり君にはお仕置きが必要なんだね」
こいつがボクの方をじっと見つめていた。
その瞬間、ボクの体の震えがもう最大限になって、止まらなかった。
いやだ。いやだよ。助けて。助けてよ。誰か。
たけるくん。たけるくん。たけるくん。助けて。助けて!!
心の中で強く叫ぶ。
でもその声は届かない。
届くはずもない。
「じゃあ、そうだな。君の部屋にしようか。いつも私と君のふれあいは、そこだっただろう」
ボクはこいつの声に何も答えない。
でも逆らえなかった。体が動かなかった。
心が死んでしまったかのように、冷たく凍り付いていく。
ああ。もうダメなんだ。ボクはここで消えてしまう。
どうせなら、最初はたけるくんとひとつになりたかった。
でももうそんなことは叶わない。ボクという存在は汚されてしまう。だからたけるくんと一緒にいる資格なんて、消えてしまうんだ。
ボクは。
いやだ。
そんなこといやだ。いやだよぉ。たけるくん。
ボクは。
ボクは。
強く思った瞬間、ほとんどまともに動かなかった体が突然に動き出していた。
そのまま外へと向かって走り出していく。
「こはる?」
突然のことに驚いたのか、一瞬だけこいつの動きが止まっていた。
その隙に玄関の扉を開けて、外にでようとして。
ドアには鍵がかかっていた。
焦っているせいか、鍵がなかなかあかない。
何とか鍵をあけて、ドアノブをひねろうとして。
ボクの手をこいつがつかんでいた。
「悪い子だね。君は。これは念入りにお仕置きをする必要がありそうだ」
言いながらボクの手をひねりあげて。
「痛い……痛い……やめて。やめて……」
強い痛みがボクの腕から走っていた。絶望がボクを取り込んでいく。
逃げたかった。逃げられると思った。
だけど届かなくて。
「仕方ないよ。お仕置きだからね。まぁ、なに。いつまでも痛くはしないから安心しなさい」
こいつの笑みが、獲物を狙う獣のように思えてボクの体が再び震えていた。
言うことがきかない。もうこれ以上は逃げられなかった。
「いうこときくから……やめて……おねがい……」
抵抗する気力すら失われて、ボクはほそぼそとした声で答える。
ごめんね。たけるくん。
もうだめだ。ボクは。ボクは。
もう。
ぎゅっと目をつむる。
その瞬間だった。
ガチャリと鈍い音が響いた。同時に空気が流れていく。
何が起きたのかわからなくて、ボクは目を開く。
「こはるを離せ!!」
声が響く。何が起きているのかわからなかった。
誰のものかわからなかった。
いや、それは嘘だ。ボクがこの声を聞き忘れる訳もない。
目の前にたけるくんが立っていた。
「お前は!?」
何が起きているのかわからなかった。なぜたけるくんがここにいるのかもわからなかった。
それどころか、たけるくんがボクの名前を呼んでいる。
ボクのことを忘れてしまっているはずなのに。ボクのことを思い出していないはずなのに。
どうして。たけるくんがここに。
たけるくんは目の前にいたあいつへとつかみかかっていた。
「なんでお前がここにいるんだ!? なぜ」
あいつも混乱していたのか、ろくな反応ができていなかった。
たけるくんはあいつへとほとんど体当たりするような形で飛び込んで、ボクから引きはがしていた。
なかば馬乗りになるような形であいつを取り押さえる。
「こはる、警察を呼ぶんだ! はやく!」
「あ、う、うん」
たけるくんの言葉にあわてて転がっていたスマホへと向かう。
それからすぐに110番へと電話をかける。
「きさま!?」
あいつがたけるくんをはじき飛ばすようにして押しのけると、すぐにボクへと向かってきていた。
でもそこにすぐにたけるくんが飛びかかる。
たけるくんが必死にあいつを抑えていた。
前と同じように、あいつがたけるくんを殴りつけていた。
たけるくんはそれでもあいつを離さない。
何が起きているのか、理解が出来なかった。でも。それでも。
たけるくんがここにいる。ボクを助けにきてくれた。
それだけで胸がいっぱいになっていた。