「たける! たけるじゃないか。ひさしぶりだな。大丈夫なのか!?」
かけられた声に僕は振り返る。
サッカー部の仲間達が僕にかけよってくる。いや、元仲間達だろうか。僕は病気のせいでサッカー部を退部しているから、もう部員ではない。
なのに気がつくと僕はグラウンドにでてきて、サッカー部の部活動をじっとみていた。そこにかけられた声だ。
「あ、ああ。なんかさ。無性にボール蹴りたくなってさ。ちょっと覗いてみたんだ。サッカー部やめた僕がこんな風に顔出して悪い」
僕は指先で鼻の頭をかきながら、ばつが悪そうに告げていた。
試合の時に倒れて、そのあとばたばたとサッカー部をやめてしまっていたから、かなり迷惑をかけたとは思う。
その時の同級生はもちろん先輩達もまだ残っている。正直よく顔を出せたものだとは思う。
でも彼らはそんなこと気にもしていなくて、僕がきたことを本当に喜んでくれているようだった。
「ボールが蹴りたいだって!? マジかよ。いくらでも蹴っていってくれよ」
先輩の一人が僕へとボールを差し出してくる。
こんな僕をまだ仲間だと思ってくれているのだろうか。嬉しすぎて涙が出そうだった。
「あ。ありがとうございます」
お礼をいって僕はボールを受け取る。
そして軽くリフティングを始めていた。
靴がサッカー用のスパイクではないから、多少ぎこちなかったけれど、それでもボールは足に吸い付くように動いてくれていた。
そのことに自分でも驚きを隠せなかった。
しばらく離れていたから、かなりのラグがある。だけど染みついた技術は、そう簡単に僕から離れてはいなかったということだろうか。
「ここまで戻っているのか。これなら試合にだってでられるんじゃないか。どうだ。これからミニゲームをやるところだったんだが、軽く一緒にやっていかないか」
先輩は僕を誘ってくれていた。
確かにいまくらい体が動くのなら、試合はともかくミニゲームくらいなら何とかなるかもしれない。
医者からは止められていたけれど、無性に体を動かしたくてたまらなかった。
少しでも好きなサッカーを出来るのならと強く思った。
「僕が混じってもいいのなら」
「もちろんだ。よしやろう」
先輩の鶴の一声でミニゲームに参加することになった。
軽く準備運動をして、それからに仲間達がもってきてくれたスパイクに履き替えさせてもらう。僕のスパイクはまだ部室に残っていたらしい。
捨てないでくれていたのは、まだ僕を仲間だと思ってくれていたからだろうか。なんだかそれだけで嬉しくなる。
さすがにひさしぶりに動かした体はなまりがあって、思ったようには動けなかった。だけどそれでも同級生達と同じか、むしろ少し良いくらいには体が動いていた。
全盛期と同じとはいえないけれど、自分が思っていたよりもずっと体が反応していた。いくつかゴールも決めて、するどいパスも出来たと思う。
「なんだよー。ラグがあるっていうのに、ぜんぜん衰えていないじゃないか。これならまたサッカー部でやれるんじゃないか?」
同級生が言う。
そうできるのならばそうしたいと思った。
医者は許してくれるだろうか。きいてみようかなと思う。
だけど僕が返事をするよりもはやく、見知らぬ後輩がぼそりとこぼした言葉が耳に入ってきていた。
「その人ですか。なんか突然病気でサッカーのことを忘れてしまったっていうの。ぜんぜんそんなことないじゃないですか」
その言葉を僕の脳が理解を拒もうとしていた。
だけど確かに聞こえてきていた。
周りが慌てた様子なのがわかる。
だけど僕は目の前が真っ暗になったかのようで、何も考えられなかった。
いまなんて言ったんだ。
忘れていた。サッカーを。僕が。
いや。ありえないだろう。僕がサッカーのことを忘れる。なんだ。それ。
ずっと好きだったんだ。ずっとサッカーだけを好きでがんばってきていたんだ。
病気で蹴れなくなってからも、ずっと忘れずにいたのに。どうして彼はそんなことを言うんだ。
そうだ。試合で倒れた時も。そのあともずっと。
――いや、本当にずっと覚えていたか。
僕は忘れずにいたのか。
いや何かがおかしい。突然倒れて入院した。そのことは覚えている。
その時の記憶もある。だけど。その時に感じていたはずの、サッカーが出来なくて辛いという気持ちが思い出せない。
僕はのほほんと笑っていた。
笑っていたよ。サッカーが出来なくて苦しかったはずなのに。
好きなものが出来なかったはずなのに。
いまサッカーができて嬉しい。楽しかった。
部活が出来ないことが。こんなにも辛い。
辛かったはずなのに。なぜ僕はその気持ちを覚えていない。
忘れていた。忘れていたのか。
こはると同じように? いやいま僕はサッカーのことを覚えている。大好きなサッカーのことを忘れていない。忘れていないのに。
確かに僕は感じていなかった。
サッカーが出来なくて辛いと感じたのは、退院してからずっと経った後からだ。
いつからだ。僕はいつからそう感じるようになった。
いつまでそう感じなかった。
わからない。わからなかった。
「たける、おい、たける!?」
誰かが僕を呼ぶ声が聞こえたような気がする。だけど僕はただふらふらと歩き始めていた。
頭の中に入ってきていなかった。
忘れていたのか。サッカーが好きだって気持ちを忘れていた。
そうだ。そう考えればつじつまがあう。
ならなぜ忘れてしまったものを急に思い出したのか。
こんなにも好きなサッカーのことをどうして忘れてしまっていた。
わからない。わからなかった。
だけどきっとこはるのこととも関係がある。
なら僕は忘れてしまう病気なのか。だとしたら急に思い出すこともあるのか。
こはるのことも思い出すのか。
わからない。わからなかった。
頭の中がぐちゃぐちゃで。何もかも投げ出してしまいたかった。
だけどもし僕が何かを忘れてしまっているのだとすれば、思い出したいと願わずにはられなかった。
頭がふらふらとする。
僕はほとんど無意識のうちに歩き出していた。
「お、おい。たける! たける!」
誰かが僕を呼んでいる声がする。
でも僕の頭の中には届いていなかった。
僕の病気はいったい何なんだ。何が起きているんだ。
ただ自然に僕の足は病院へと向かっていた。
かけられた声に僕は振り返る。
サッカー部の仲間達が僕にかけよってくる。いや、元仲間達だろうか。僕は病気のせいでサッカー部を退部しているから、もう部員ではない。
なのに気がつくと僕はグラウンドにでてきて、サッカー部の部活動をじっとみていた。そこにかけられた声だ。
「あ、ああ。なんかさ。無性にボール蹴りたくなってさ。ちょっと覗いてみたんだ。サッカー部やめた僕がこんな風に顔出して悪い」
僕は指先で鼻の頭をかきながら、ばつが悪そうに告げていた。
試合の時に倒れて、そのあとばたばたとサッカー部をやめてしまっていたから、かなり迷惑をかけたとは思う。
その時の同級生はもちろん先輩達もまだ残っている。正直よく顔を出せたものだとは思う。
でも彼らはそんなこと気にもしていなくて、僕がきたことを本当に喜んでくれているようだった。
「ボールが蹴りたいだって!? マジかよ。いくらでも蹴っていってくれよ」
先輩の一人が僕へとボールを差し出してくる。
こんな僕をまだ仲間だと思ってくれているのだろうか。嬉しすぎて涙が出そうだった。
「あ。ありがとうございます」
お礼をいって僕はボールを受け取る。
そして軽くリフティングを始めていた。
靴がサッカー用のスパイクではないから、多少ぎこちなかったけれど、それでもボールは足に吸い付くように動いてくれていた。
そのことに自分でも驚きを隠せなかった。
しばらく離れていたから、かなりのラグがある。だけど染みついた技術は、そう簡単に僕から離れてはいなかったということだろうか。
「ここまで戻っているのか。これなら試合にだってでられるんじゃないか。どうだ。これからミニゲームをやるところだったんだが、軽く一緒にやっていかないか」
先輩は僕を誘ってくれていた。
確かにいまくらい体が動くのなら、試合はともかくミニゲームくらいなら何とかなるかもしれない。
医者からは止められていたけれど、無性に体を動かしたくてたまらなかった。
少しでも好きなサッカーを出来るのならと強く思った。
「僕が混じってもいいのなら」
「もちろんだ。よしやろう」
先輩の鶴の一声でミニゲームに参加することになった。
軽く準備運動をして、それからに仲間達がもってきてくれたスパイクに履き替えさせてもらう。僕のスパイクはまだ部室に残っていたらしい。
捨てないでくれていたのは、まだ僕を仲間だと思ってくれていたからだろうか。なんだかそれだけで嬉しくなる。
さすがにひさしぶりに動かした体はなまりがあって、思ったようには動けなかった。だけどそれでも同級生達と同じか、むしろ少し良いくらいには体が動いていた。
全盛期と同じとはいえないけれど、自分が思っていたよりもずっと体が反応していた。いくつかゴールも決めて、するどいパスも出来たと思う。
「なんだよー。ラグがあるっていうのに、ぜんぜん衰えていないじゃないか。これならまたサッカー部でやれるんじゃないか?」
同級生が言う。
そうできるのならばそうしたいと思った。
医者は許してくれるだろうか。きいてみようかなと思う。
だけど僕が返事をするよりもはやく、見知らぬ後輩がぼそりとこぼした言葉が耳に入ってきていた。
「その人ですか。なんか突然病気でサッカーのことを忘れてしまったっていうの。ぜんぜんそんなことないじゃないですか」
その言葉を僕の脳が理解を拒もうとしていた。
だけど確かに聞こえてきていた。
周りが慌てた様子なのがわかる。
だけど僕は目の前が真っ暗になったかのようで、何も考えられなかった。
いまなんて言ったんだ。
忘れていた。サッカーを。僕が。
いや。ありえないだろう。僕がサッカーのことを忘れる。なんだ。それ。
ずっと好きだったんだ。ずっとサッカーだけを好きでがんばってきていたんだ。
病気で蹴れなくなってからも、ずっと忘れずにいたのに。どうして彼はそんなことを言うんだ。
そうだ。試合で倒れた時も。そのあともずっと。
――いや、本当にずっと覚えていたか。
僕は忘れずにいたのか。
いや何かがおかしい。突然倒れて入院した。そのことは覚えている。
その時の記憶もある。だけど。その時に感じていたはずの、サッカーが出来なくて辛いという気持ちが思い出せない。
僕はのほほんと笑っていた。
笑っていたよ。サッカーが出来なくて苦しかったはずなのに。
好きなものが出来なかったはずなのに。
いまサッカーができて嬉しい。楽しかった。
部活が出来ないことが。こんなにも辛い。
辛かったはずなのに。なぜ僕はその気持ちを覚えていない。
忘れていた。忘れていたのか。
こはると同じように? いやいま僕はサッカーのことを覚えている。大好きなサッカーのことを忘れていない。忘れていないのに。
確かに僕は感じていなかった。
サッカーが出来なくて辛いと感じたのは、退院してからずっと経った後からだ。
いつからだ。僕はいつからそう感じるようになった。
いつまでそう感じなかった。
わからない。わからなかった。
「たける、おい、たける!?」
誰かが僕を呼ぶ声が聞こえたような気がする。だけど僕はただふらふらと歩き始めていた。
頭の中に入ってきていなかった。
忘れていたのか。サッカーが好きだって気持ちを忘れていた。
そうだ。そう考えればつじつまがあう。
ならなぜ忘れてしまったものを急に思い出したのか。
こんなにも好きなサッカーのことをどうして忘れてしまっていた。
わからない。わからなかった。
だけどきっとこはるのこととも関係がある。
なら僕は忘れてしまう病気なのか。だとしたら急に思い出すこともあるのか。
こはるのことも思い出すのか。
わからない。わからなかった。
頭の中がぐちゃぐちゃで。何もかも投げ出してしまいたかった。
だけどもし僕が何かを忘れてしまっているのだとすれば、思い出したいと願わずにはられなかった。
頭がふらふらとする。
僕はほとんど無意識のうちに歩き出していた。
「お、おい。たける! たける!」
誰かが僕を呼んでいる声がする。
でも僕の頭の中には届いていなかった。
僕の病気はいったい何なんだ。何が起きているんだ。
ただ自然に僕の足は病院へと向かっていた。