翌日になった。今日は通学中には出会えなかったけれど、どうやらたけるくんは学校には来ているみたいだ。
でももうボクの事は忘れてしまっているのだろう。
そう思うと胸が痛む。気を抜くと涙がこぼれそうだ。もうたけるくんはボクの事を知らない。覚えてはいない。ボクはこんなにもキミのことを愛おしく思っているというのに。
大好きな人に忘れられるということが、こんなに辛いなんてことは知らなかった。
ドラマなんかで記憶喪失の話をみて、そんなものに嘆くほでのことかなって感じていた自分があさはかで仕方ないとも思う。
少しでもたけるくんと会いたい。話をしたいと思う。でもさすがにボクの事を覚えていないうちに、昼休みに突撃する訳にもいかなかった。たけるにしても困ってしまうだろう。だから今日は放課後、帰宅時を狙って話しかけようと思っていた。
そうして長い一日が終わって放課後になる。
たけるくんの帰宅時のルートはいつも同じだ。タイミングさえとれれば、たけるくんとは出会いやすい。後はどういう風に話しかけようかなと思案を巡らせていた。
やっと迎えた放課後。すぐにでもたけるくんのところに行きたかった。だけど三人の女の子達によって邪魔され、ボクは教室から出ることすら出来なかった。
彼女たちは立ちふさぐようにしてボクの前に立っていた。
「ちょっと顔かしてよ」
ひとりが有無を言わさない口調で告げると、いつの間にか残りの二人が左右にボクを挟み込んでいた。
前にいるのは髪の長い細身の子で、右側に立っているのは少しぽっちゃりとしたボブカットの子。左側に立っているのはポニーテールの子だ。
でもわかるのは髪型くらいで、ボクには彼女達に見覚えはない。たぶん知らない相手だと思う。
少なくともボクには彼女たちにこんなことをされる覚えもなかったのだけれど、囲まれている状態で下手に逆らう事も出来なかった。
朝に続いてまたすれ違っちゃうなとも思いつつも、仕方なくボクは彼女達に従う事にした。
連れてこられたのは学校の裏庭だった。あまり人がくるところではない。こんなところに呼び出すなんていうのは、告白でもするか、さもなければいじめの現場にしかあり得ないだろう。
告白といえば昨日あいつから、また俺とつきあえといわれたっけ。
そのこと自体はボクは何とも思わなかったのだけれど、たけるくんを悪くいうのには腹が立った。だから思わず言い過ぎてはしまったとは思う。
昨日のことを思い出して、そしてやっとボクは彼女達がしようとしている事に思い当たる。
そうか。この子達はあいつのファンか。たぶんボクが昨日こっぴどく振ったことに対して、何か言おうと思っているのだろう。
ボクの中ではあいつはただの顔見知りで、一方的に惚れられて迷惑している相手ではある。でも同時に野球部のエースであり、顔は良いからそれなりに女子に人気がある事は知っていた。
たぶんあいつの性格からして本人が言いふらす訳もないから、たぶん誰かに見られていて噂になったのだろう。
彼女達は鬼のような形相をして、ボクを取り囲んでいた。これはおとなしくついてきたのは失敗だったかもしれない。
ただ逃げだそうにも三人で囲まれているから、簡単には逃げ出せそうもなかった。
さすがに学校の中で大した事はされないだろうとは思うものの、彼女達が何を考えているかわからなくて内心では身を震わせていた。
「あんたさ、ちょっと可愛いからって調子のってんじゃないの」
彼女達のうちの一人が最初の口火を切る。
「別に調子になんてのってな」
「だまれよ。あんた前から気にくわなかったんだよ。自分は可愛い、可愛いのわかってますみたいな態度がさ、鼻につくんだよ」
ボクの言葉にかぶせるように告げると、目の前のロングヘアの子が目で合図を送る。
するとボブカットの子とポニーテールの子が、ボクの手を押さえる。
自分のことを特別に可愛いとは思ったことはないし、正直ボク自身はあまり気にしていない。ボクより可愛い子はたくさんいるし、特別に鼻にかけたこともないと思う。
そもそも彼女らと話したこともないのだから、そんな態度を見せたことだってあるわけがない。単純にあいつの件でボクに嫉妬しているだけなんだとは思う。
あいつに対する態度が少々悪かったのはボクも反省はしている。でもだからって彼女達にこんなことをされる筋合いはない。
「ボクに何するの。離してよ」
捕まれた腕を振り払おうとはするものの、さすがに二人がかりで押さえられていたら抵抗は出来ない。
目の前のロングヘアの子は鞄から中身の入ったペットボトルを取り出していた。すぐにキャップを取り外して、ボクの方へとむける。
「あんた頭ほてっているみたいだから、ちょっと頭冷やしてやろうと思ってさ」
けらけらと笑いながら、ロングヘアの子がゆっくりとボクの方へと近づいてくる。
その様子にボクの胸の中ははち切れそうなほど震えていた。
怖い。
今までこんな風に人に悪意をぶつけられた事はなかった。
ペットボトルの中身をかけるつもりだろうか。中身は普通の水なのだろうか。それとも違うものなのだろうか。
そういえばだいぶん前に通りすがりに突然硫酸をかけられたなんてニュースをみた覚えもある。
体が震えていた。
さすがにそんなものじゃないだろう。でももしそうだったら。
体中が焼けてただれてしまうかもしれない。
いくらなんでもそこまでするはずない。するはずはないけど。
怖い。嫌だ。
どうしてこんなことをするの。確かにボクはちょっと言い過ぎたかもしれない。
でもそれはボクとあいつの間の話で、彼女らにこんなことをされる筋合いはない。
「やだ……。やめて……」
ボクが弱々しい声を漏らすと、彼女らは嫌らしい笑みを浮かべていた。
じわじわと近づいてくる。たぶんわざとゆっくり歩く事で恐怖を煽っているのだろう。
そしていよいよ僕のすぐ前に近づいてきたとき、声は響いた。
「先生、こっちです!!」
男の子の声とともに、誰かが走ってくる音が聞こえていた。
「やば!?」
「逃げよ!」
女の子達は私を突き飛ばすように離すと、そのまま反対側へと駆けだしていた。
それから少しして声の主が姿を現す。
「大丈夫だった?」
かけられた声に、僕は思わず涙をこぼしていた。
助けられたことに。そしてその声の主が、ボクがよく知っている人。たけるくんだったことに。
こんな時までたけるくんはボクを助けに来てくれるんだ。
今のたけるくんはボクの事を知らないはずなのに。
胸の中がいっぱいになって、ボクは思わず涙をこぼしていた。
「ああ、怖かったよね。ごめん。先生は本当は呼んでないんだ。だから僕しかいないんだけど、本当に先生呼んでこようか?」
たけるの言葉にボクは首を振るう。
たけるくんがいてくれればいい。もう他には何もいらない。
たけるくんにとっては見ず知らずの女の子なのに、いつもボクを助けてくれる。初めてあったあの日から、それは全く変わらない。そんな優しいたけるくんだからこそボクは好きなんだ。
「大丈夫。ありがとう、たけるくん」
「え。どうして僕の名前を知ってるの?」
ボクが思わず呼んだ名前に、たけるくんは訝しげにボクの顔を見つめていた。
「ボクのこと覚えていないの?」
だからボクは思わず聞き返してしまう。
その答えはもうわかっているというのに。
「え、あ。うん。どこかで会ったことあったかな。ごめん。覚えていない」
たけるくんは申し訳なさそうな顔で首を振るう。
ボクのことを覚えていないことはわかっていた。
わかっていたのに、どうしてこんなにも悲しいのだろう。その言葉はボクの胸の中をえぐるように突きつけてくる。ボクは思わず涙をこぼしていた。
でも良かった。さっきのことがあったから、たけるくんはいまボクがこぼした涙はきっといじめによるものだと思っているだろう。
たけるくんに覚えていて欲しかった。ボクのことを、忘れないで欲しかった。
だけど。そんな気持ちを知られなくて、良かった。
たけるくんにはボクのこんな気持ちは知らないでいて欲しかったから。
でももうボクの事は忘れてしまっているのだろう。
そう思うと胸が痛む。気を抜くと涙がこぼれそうだ。もうたけるくんはボクの事を知らない。覚えてはいない。ボクはこんなにもキミのことを愛おしく思っているというのに。
大好きな人に忘れられるということが、こんなに辛いなんてことは知らなかった。
ドラマなんかで記憶喪失の話をみて、そんなものに嘆くほでのことかなって感じていた自分があさはかで仕方ないとも思う。
少しでもたけるくんと会いたい。話をしたいと思う。でもさすがにボクの事を覚えていないうちに、昼休みに突撃する訳にもいかなかった。たけるにしても困ってしまうだろう。だから今日は放課後、帰宅時を狙って話しかけようと思っていた。
そうして長い一日が終わって放課後になる。
たけるくんの帰宅時のルートはいつも同じだ。タイミングさえとれれば、たけるくんとは出会いやすい。後はどういう風に話しかけようかなと思案を巡らせていた。
やっと迎えた放課後。すぐにでもたけるくんのところに行きたかった。だけど三人の女の子達によって邪魔され、ボクは教室から出ることすら出来なかった。
彼女たちは立ちふさぐようにしてボクの前に立っていた。
「ちょっと顔かしてよ」
ひとりが有無を言わさない口調で告げると、いつの間にか残りの二人が左右にボクを挟み込んでいた。
前にいるのは髪の長い細身の子で、右側に立っているのは少しぽっちゃりとしたボブカットの子。左側に立っているのはポニーテールの子だ。
でもわかるのは髪型くらいで、ボクには彼女達に見覚えはない。たぶん知らない相手だと思う。
少なくともボクには彼女たちにこんなことをされる覚えもなかったのだけれど、囲まれている状態で下手に逆らう事も出来なかった。
朝に続いてまたすれ違っちゃうなとも思いつつも、仕方なくボクは彼女達に従う事にした。
連れてこられたのは学校の裏庭だった。あまり人がくるところではない。こんなところに呼び出すなんていうのは、告白でもするか、さもなければいじめの現場にしかあり得ないだろう。
告白といえば昨日あいつから、また俺とつきあえといわれたっけ。
そのこと自体はボクは何とも思わなかったのだけれど、たけるくんを悪くいうのには腹が立った。だから思わず言い過ぎてはしまったとは思う。
昨日のことを思い出して、そしてやっとボクは彼女達がしようとしている事に思い当たる。
そうか。この子達はあいつのファンか。たぶんボクが昨日こっぴどく振ったことに対して、何か言おうと思っているのだろう。
ボクの中ではあいつはただの顔見知りで、一方的に惚れられて迷惑している相手ではある。でも同時に野球部のエースであり、顔は良いからそれなりに女子に人気がある事は知っていた。
たぶんあいつの性格からして本人が言いふらす訳もないから、たぶん誰かに見られていて噂になったのだろう。
彼女達は鬼のような形相をして、ボクを取り囲んでいた。これはおとなしくついてきたのは失敗だったかもしれない。
ただ逃げだそうにも三人で囲まれているから、簡単には逃げ出せそうもなかった。
さすがに学校の中で大した事はされないだろうとは思うものの、彼女達が何を考えているかわからなくて内心では身を震わせていた。
「あんたさ、ちょっと可愛いからって調子のってんじゃないの」
彼女達のうちの一人が最初の口火を切る。
「別に調子になんてのってな」
「だまれよ。あんた前から気にくわなかったんだよ。自分は可愛い、可愛いのわかってますみたいな態度がさ、鼻につくんだよ」
ボクの言葉にかぶせるように告げると、目の前のロングヘアの子が目で合図を送る。
するとボブカットの子とポニーテールの子が、ボクの手を押さえる。
自分のことを特別に可愛いとは思ったことはないし、正直ボク自身はあまり気にしていない。ボクより可愛い子はたくさんいるし、特別に鼻にかけたこともないと思う。
そもそも彼女らと話したこともないのだから、そんな態度を見せたことだってあるわけがない。単純にあいつの件でボクに嫉妬しているだけなんだとは思う。
あいつに対する態度が少々悪かったのはボクも反省はしている。でもだからって彼女達にこんなことをされる筋合いはない。
「ボクに何するの。離してよ」
捕まれた腕を振り払おうとはするものの、さすがに二人がかりで押さえられていたら抵抗は出来ない。
目の前のロングヘアの子は鞄から中身の入ったペットボトルを取り出していた。すぐにキャップを取り外して、ボクの方へとむける。
「あんた頭ほてっているみたいだから、ちょっと頭冷やしてやろうと思ってさ」
けらけらと笑いながら、ロングヘアの子がゆっくりとボクの方へと近づいてくる。
その様子にボクの胸の中ははち切れそうなほど震えていた。
怖い。
今までこんな風に人に悪意をぶつけられた事はなかった。
ペットボトルの中身をかけるつもりだろうか。中身は普通の水なのだろうか。それとも違うものなのだろうか。
そういえばだいぶん前に通りすがりに突然硫酸をかけられたなんてニュースをみた覚えもある。
体が震えていた。
さすがにそんなものじゃないだろう。でももしそうだったら。
体中が焼けてただれてしまうかもしれない。
いくらなんでもそこまでするはずない。するはずはないけど。
怖い。嫌だ。
どうしてこんなことをするの。確かにボクはちょっと言い過ぎたかもしれない。
でもそれはボクとあいつの間の話で、彼女らにこんなことをされる筋合いはない。
「やだ……。やめて……」
ボクが弱々しい声を漏らすと、彼女らは嫌らしい笑みを浮かべていた。
じわじわと近づいてくる。たぶんわざとゆっくり歩く事で恐怖を煽っているのだろう。
そしていよいよ僕のすぐ前に近づいてきたとき、声は響いた。
「先生、こっちです!!」
男の子の声とともに、誰かが走ってくる音が聞こえていた。
「やば!?」
「逃げよ!」
女の子達は私を突き飛ばすように離すと、そのまま反対側へと駆けだしていた。
それから少しして声の主が姿を現す。
「大丈夫だった?」
かけられた声に、僕は思わず涙をこぼしていた。
助けられたことに。そしてその声の主が、ボクがよく知っている人。たけるくんだったことに。
こんな時までたけるくんはボクを助けに来てくれるんだ。
今のたけるくんはボクの事を知らないはずなのに。
胸の中がいっぱいになって、ボクは思わず涙をこぼしていた。
「ああ、怖かったよね。ごめん。先生は本当は呼んでないんだ。だから僕しかいないんだけど、本当に先生呼んでこようか?」
たけるの言葉にボクは首を振るう。
たけるくんがいてくれればいい。もう他には何もいらない。
たけるくんにとっては見ず知らずの女の子なのに、いつもボクを助けてくれる。初めてあったあの日から、それは全く変わらない。そんな優しいたけるくんだからこそボクは好きなんだ。
「大丈夫。ありがとう、たけるくん」
「え。どうして僕の名前を知ってるの?」
ボクが思わず呼んだ名前に、たけるくんは訝しげにボクの顔を見つめていた。
「ボクのこと覚えていないの?」
だからボクは思わず聞き返してしまう。
その答えはもうわかっているというのに。
「え、あ。うん。どこかで会ったことあったかな。ごめん。覚えていない」
たけるくんは申し訳なさそうな顔で首を振るう。
ボクのことを覚えていないことはわかっていた。
わかっていたのに、どうしてこんなにも悲しいのだろう。その言葉はボクの胸の中をえぐるように突きつけてくる。ボクは思わず涙をこぼしていた。
でも良かった。さっきのことがあったから、たけるくんはいまボクがこぼした涙はきっといじめによるものだと思っているだろう。
たけるくんに覚えていて欲しかった。ボクのことを、忘れないで欲しかった。
だけど。そんな気持ちを知られなくて、良かった。
たけるくんにはボクのこんな気持ちは知らないでいて欲しかったから。