その刹那、噛み合わない歯車の如く、思考がギギギと鈍い音を立てて動かなくなった。

 ユーイチが本気なのか冗談を言ってるのか、区別がつかない。

「え……?」

 ユーイチのお父さんが、亡くなった……?なにそれ……そんな話、今まで一度も聞いたことがないよ……?

 狼狽(ろうばい)するわたしの前、ユーイチの双眸が真剣そのものだから、余計にわけがわからなくなる。

 うそだうそだ。だってユーイチのお父さんは、仕事で海外にいるはずだもの。

 やっとの思いで思考を動かし、そう唱えるけれど。

「和子、確率なんて問題じゃないんだ。明日の俺等が生きてるか死んでるかなんて、それは誰にもわからない。俺等は『今』しか、生きることができないんだよ」

 と言って、海から抜け出したユーイチが近付いてくるから、わたしの背は反射的に反れた。

「和子、立って」
「や、やだっ」
「なんでだよ。立ってこっち来てよ」

 面前に差し出された手のひら。それを握ってユーイチについて行ってしまえば、なにを聞かされてしまうんだろう。

 未知のそれが怖くて、しばらく抗うが、半ば強引に取られた手が彼の引力に導かれれば、わたしは従うしか他にない。

 ふたり手を繋ぎ、砂を何度か踏んで海へと入る。
 ひやっとくる冷たさに、身をすくめた。

「父さんは、アメリカにも行けなかったよ……」

 海の向こう、水平線の遥か向こう。

 遼遠(りょうえん)を見つめるユーイチが、心でなにを見ているかなんて、それは聞かなくても感じてとれた。

「父さんは、海外で仕事をするのが夢だった。だから毎日寝る間も惜しんで、必死で英語を勉強して。社内でも数人しか選ばれない海外赴任のメンバーに入れた時は、ものすごく喜んでた」