え。

 わたしが今立っているところよりも、もっと光の届かないところ。

 闇にも等しいそんな場所の壁に背を預け、あぐらをかいた彼は、ウクレレをももの上に横たわらせると、うーんとひとつ伸びをしていた。

「か、帰らないんですかっ?」

 気付けば口をついて聞いていた。彼の顔が、ゆっくりとわたしに向く。

「帰ったよ」
「え……?だ、だって。帰ってないじゃないですか」
「なに言ってんの。帰ったってば」

 そう言って、彼が指をさすのは、今彼自身のお尻がついているアスファルト部分。

「ここが、俺の家だから」

 段々とわたしの目は、この暗闇に慣れてきたのだと思う。だからその時「ははっ」と屈託なく笑った、彼の白い歯が見えたんだ。

 ニュースやドラマの中では、何度か目にしたことがあるホームレス。けれど実際見るのは初めてだったから、わたしは喫驚した。

 彼のまわりに、段ボールやブルーシートで作られた小屋のようなものはなし。ただ傍に、無造作に毛布が置いてあるだけ。

 う、うそでしょ……?こんな場所で、生活してるの……?

 橋の下だから、雨は凌げる。けれど風が強い日は、無理だろう。

 外気の影響そのままを受けるこの場所は、汗をかくほど暑い日は汗が止まらなくなるだろうし、凍えるほど寒い日は、終始凍えっぱなしになるに決まっている。

 潮の香りがほんのりと混ざった川風が、わたしの頬を撫でていく。今日は汗もかかなければ凍えもしない、ちょうど良い気温だからまだ良いかもしれないけれど……

「ここで毎日、寝てるんですか……?」

 橋の下で暮らしているだなんて、にわかには信じきれなくて、わたしの口は質問を何個か投げていた。

「ご飯はどうしてるんですか?トイレは?お風呂は銭湯に行くんですか?てか、家族は……?」