そう言って、パンツポケットからスマホを取り出すユーイチ。誰に許可を得ることもなく「んじゃ撮るっすよー」とひとりで物事を進め始めた彼には、テメさんが待ったを入れた。

「ちょ、ちょっと待ってよ裕一くんっ」
「え、なんでっすか」
「いきなりカメラ向けられても、こんなボサボサの頭だし、見苦しい格好だし、歌えないって」
「あー……」

 スマホの画面からテメさんに移る、ユーイチの視線。
 壁に背を預けて座っているテメさんの爪先からてっぺんまでを舐めるように見た彼は、そのスマホを元の場所にしまっていた。

「じゃあ、撮ることは決定で。日は改めますか」

 わたしにとっては見苦しく感じなかった、テメさんの今日の服装。ホームレスと呼ばれる他の人に比べたら、ずいぶんと綺麗だと思うけれど、まあ、それでも髪の毛はいくらか爆発していたかもしれないし、全国に配信する動画となれば、もう少し整えた方がいいかもしれない。

「どうせなら、新しい曲も作って歌ってあげたいな」

 顎に手を運んだテメさんは、そこを指でトントンと弾いて考え出す。

 唐突すぎるユーイチの提案にもかかわらず、彼はだいぶ乗り気のようだった。

 撮影の日付けや時間など、さくさくと予定を決め出したふたりの会話を耳にしながら、わたしはひとり、橋の下から身を出した。

 青空の下に出て、改めて橋の下を振り返り見てみれば、テメさんが暮らすところは、陽が全て届く場所よりは、やっぱり遥かに暗い場所だなあと感じた。

 でも、なんだろ。なんか……

 だけどその時、わたしは違和感を抱いてしまう。

 なんか、わたしがいる場所よりよっぽどあっちの方が……

 それがなんだとは、気付きたくなかったかもしれない。

 ふと足元に視線を落とせば、自身の黒い影が目に映って。

「また発動しちゃったな…情緒不安定っ……」

 わたしはそこを踏みつけた。