歌う時は、話す時よりもほんの少しキーが上がって、そしてハスキーボイスになるテメさん。

 人を魅了する、その声。

「歌うっま……」

 わたしが心の中で思っていたことを、口にしたのはユーイチだった。

「なんなんすか、テメさんのその声。なんか超、聞き入っちゃったんすけど……」

 ユーイチに賞賛されて、顔を綻ばせるテメさん。ウクレレを、指先で愛でる。

「サンキュー、裕一くん」
「どこかで歌、習ってたんすか?」
「いいや?ただの趣味趣味っ」
「それにしては、プロみたいな声してますね。もしテメさんがデビューしたら俺、間違いなくCD買っちゃうと思う」
「んなご冗談を。俺がデビューしたところで、世間に鼻で笑われるだけだよ」

 なんて言いつつも、まんざらでもなさそうなテメさん。「でも」と言葉を続けた。

「でも、今裕一くんが言ってくれたこと、娘にも言われたことあったっけなあ……」

 その途端、憂いを帯びた彼の双眸。哀愁が漂った。

「俺の娘、(れい)っていうんだけど。玲は俺の歌声をけっこう気に入っててくれてたんだよ。まだ小さい赤ちゃんの頃から、超めちゃくちゃに泣いて機嫌が悪い時でも、俺がテキトーに作った曲を歌って聞かせてやると、ころっと笑顔になったりして」

 テメさんの娘さんである、玲ちゃん。テメさんの家族写真に映っている、可愛らしいあの子のことだ。

「ある日突然別れがきちまったから、俺、玲との約束を果たせてないんだ。子守唄代わりにいっつも歌ってた玲の好きな曲を、今夜はスペシャルバージョンで歌ってやるって約束したのに、俺はそれを守れなかった」

 ポロンとウクレレが、寂しげに鳴く。

 テメさんの側に常にあるこの弦楽器は、やはり時折、感情があるように思えてしまう。

「最後にもう一度だけ、玲に歌ってやりたかったなあ……」

 そう言って、テメさんは眩い東の空に目を向けた。