「なにそれ」

 ピッとリモコンを操作して、エアコンを止めたユーイチは、わたしが床に置いた取っ手つきの箱を見て呟いた。

「裁縫箱?」と聞いてくる彼には首を振り、「救急箱」と答える。

「テメさんの怪我、やっぱ気になるからさ。あとで様子、見に行こうと思って」
「ああ。そゆこと」

 昨日はほぼ丸一日、通院に時間を使ってしまったから、橋の下には顔を出せなかった。

 無慈悲な人たちの手によって、目も当てられないほどの痛々しい傷を負ったテメさんは今、大丈夫なのだろうか。

 ベッドに腰をかけるユーイチ、壁際で体育座りをするわたし。わたしたちがこの部屋でふたりきりになる時は、大体これが定位置だ。

「なんで一昨日、テメさんのこと怒ったの……」

 どこか遠慮がちに、ユーイチが聞いてきた。「うん?」と首を傾げると、「ほら、急に睨んでたじゃん」と続ける彼。

「怪我したテメさんに、『なんで笑ってんの』とかって言ってさ。あん時の和子、ちょっと異様な雰囲気出てたぞ」
「あー……」
「あれ、どしたん」

 それは、わたしの中でも未だに答えが見つかっていないこと。

「なんでだろう。う〜ん……」

 言葉に詰まるわたしの前、ユーイチが静かに返答を待っている。

 なんでだろう、どうしてだろう。

 と、思考を一生懸命巡らせた。

 その(かん)床を見たり、天井を見上げたり、そしてそんなわたしの様子を無表情で見守るユーイチの目を見つめたりして、ようやくこれかなと思ったものを、口にする。

「……もしかしたらだけど、あの時のわたしはただ単純に、テメさんに嫉妬してただけなのかもしれない」

 暴力を振るわれたホームレスに嫉妬。

 解せぬわたしの回答に、ユーイチはぽかんとしていた。