「あ、いや、えと。ちがくてっ」

 返す言葉に困ったわたしは、しどろもどろ。
 確かに目の前に誰もいないのに、ひとりで『ハッピーバースデー』を歌っていたわけだし、なにも間違いはないのだけれど、この羞恥心をどうにかして和らげようと、勝手に脳みそが勤しんだ。

「ち、ちがうんですっ」

 だから、ちがくないってば。

 徐々に頬へ、熱が帯びていく。そんなわたしを揶揄(からか)うように、彼はぽんっと手を叩く。

「あ、わかった。ちーちゃんってアレだろ。もう死んじゃってんだろ。だから直接歌ってあげられなくて、川に向かって歌ってたんだろー」

 なんちゅう失礼な人だ。ちーちゃんは、生きてるし。

「ば、ばか!ちがいます!」

 暴言ともとれる発言に、わたしは生まれて初めて赤の他人に「ばか」と言った。

 むかついて、どうしようもなくて、さっきとは異なった意味で顔が熱くなっていく。それなのにもかかわらず、彼は呑気だ。

「あはははっ。『ばか』か、それは悪かった」

 わたしの感情を逆撫でするように、ポロンと一度、鳴らされたウクレレ。

 なにあの人!ほっんとあり得ない!

 憤慨したわたしは、大声を出した。

「ちょっとあなた、そこで待ってて!」
「へ?」
「今からそっち、行くから!」

 気付けば欄干から、半分ほど乗り出していた我が身。
 それを引っ込めて、わたしは彼の元へと急いで行った。

 本当は走りたかった。だけどそれはドクターストップがかかっているから、早歩きを意識して。