バスに揺られ、山道を行く。窓から覗くのは、鮮やかな緑色。

 緑豊かなところで治療を受ける方が、和子の身も心も癒されるんじゃないかと思って。

 と、この道の先にある病院を初めて訪れた日に、お母さんは言っていた。

「あらまあ、それはひどいわねえ。ホームレスの人をターゲットにして起こる襲撃事件って、時々ニュースで目にするけど、まさか家の近所で起こるなんて」

 その犯人が逮捕されなきゃ、おちおち外出もできないじゃない、と新たな被害を懸念するお母さんの傍で、わたしはテメさんの怪我の具合を心配していた。

 テメさん、きっと病院なんて行ってないだろうな。せめて薬局で、薬でも買って対処してるといいんだけど。

 窓の外、きらきらと宝石のように煌めく木漏れ日を眺めながら、わたしは昨日のことを反省した。

 すぐに家から救急箱を持ってきて、手当てしてあげればよかった。

 怪我をしている人に対して、あんな風に怒るんじゃなかった。

 優しく「大丈夫?」って、声をかけてあげられたらよかったのに。

 気持ちが沈む、どうしようもなく。
 ドラッグを使った経験はないけれど、麻薬が切れた人って、こんな感覚なのだろうか。

 お医者さんから、「明日心臓が突然止まってもおかしくはない」と告げられた二ヶ月前からずっと、わたしはわたしの心が不安定だと自覚している。

 どうやったって、止まらない時間(とき)
 どうやったって、戻れない過去。
 どうやったって、抗えない死。

 今こうしてバスに揺られている間も、わたしの命は着々と、終わりに向かって進んでいるのだ。

 わたしに気付かれないよう、ひっそりと。
 いつどうやってこの心臓を止めようかと、誰かに計画されている気がしてしまう。