薄い蝉の()
 頭上の小橋を一台の車が通る音。

 テメさんの登場にほっとしたのも束の間、絶句したわたしは、そのふたつの音を耳に固まった。

 え、テメさん……どうして……

 どうしてそんなにも、傷を負っているの。

 口元に手をあてがい、手のひらに「うそ……」とこぼす。
 無意識に一歩後ずさったわたしの代わりに、ユーイチが口を開く。

「ど、どーしたんすかその怪我……だ、大丈夫っすか……?」

 テメさんと初対面のユーイチでも、心配で声をかけてしまうほどの傷だった。
 目も当てられない痛々しい傷の数々に、喧嘩や暴力という単語が頭を過ぎる。

 端麗な顔は、頬骨付近が赤茶色く腫れ上がり、半袖から覗く腕からは血が流れ、ハーフパンツから出ている足には、擦り傷のようなものが一筋。

 カチカチと、わたしの上下の歯が音を立てた。

 夏の夜にもかかわらず、感じる寒気。

 それなのに、テメさんが微笑んだから、わたしの身体は氷のように凍てついた。

「いやあ、参ったよ。うたた寝してたら、酒に酔った変な輩にからまれちゃってさ。『こんなとこで寝てんじゃねえ』って、なんだか知らないけどウクレレを持って行かれちゃって。取り返しに追いかけたら、このザマよ」

 はは、とテレビの音楽番組に出演しているアイドルのように爽やかに笑って、前髪を掻き上げるテメさん。手元のウクレレを誇らしげに見せつけてきて、「無事に奪い返してやったけどなっ」とえくぼまで見せてくる。

「は……?」

 そんな彼の様子が不可解過ぎて、口元にあてていたわたしの手が、墜落機のように落下した。

「なん、で……笑ってるの……?」