「和子!」

 気付けば走り出していた。心臓という爆弾を抱えているのにもかかわらず。

「和子待って!どこ行くの!」

 背中に向かって投げられたお母さんの悲痛な叫び声には、横顔すら見せずに「来ないで!」と返して、わたしはサンダルに足を突っ込むと、勢いよく玄関を飛び出した。

「和子!和子!」

 通りに出て、数メートル先の角を曲がるまで、お母さんの声はずっと後ろで響いていたけれど、しばらくするとぱたりとやんだ。

 彼女は途中で、わたしを追うことを諦めた。
 ううん。追いかけないでいてくれた。その言い方の方が、正しいのかもしれない。

 蝉の声だけを耳にして、走る速度を段々と緩めたわたしは、荒い息づかいと共に、とある場所を目指して歩く。

 あ、やば……ちょっと調子乗って走りすぎたかも……

 そう思ったのは、眩暈がしたから。

 なんか、くらくらする……目の前が、霞む……

 ぼやける視界。
 重い足取り。
 乱れる鼓動。
 荒れる心拍。

 そして、激しい動悸。

 目的地まであとちょっと、というところまで来て、気を失ってしまったわたしは、バタンとアスファルトに倒れ込んだ。