先日、お医者さんはこう言った。

「あなたの命はもう、長くはないです」と。

「その心臓は半年もつか、はたまた一ヶ月としてもたないか。明日、突然止まってしまってもおかしくない状態にあります」と。

 オーバーなくらいに眉毛を垂らして、同情じみた顔を作るお医者さんの前、わたしはなぜだか微笑んでいた。

 そうなんだ、へえ。この身体って、明日死んじゃってもおかしくない身体なんだ。なにそれ変なの。

 この時のわたしはきっと、信じたくなかったのだと思う。だからわたしは、どこか他人事のように受け取って、お医者さんの言葉を聞き流そうとしたんだ。

 けれどふと横を見れば、お医者さんよりももっと悲しそうな顔がふたつあった。それは、わたしのお父さんとお母さんの顔だった。

 両親は、「どうにかして娘を助けてください」と頭を下げ、涙を流して頼み込んでいた。

 重々しい雰囲気。こういうの、心底苦手だ。

 お医者さんは、眉毛の位置を元に戻して言っていた。

「娘さんが助かる術は、まだ残されています。アメリカのシアトルに、天才心臓外科医と呼ばれるほどの名医がいる病院があります。そこで手術を受けるのです。世界一の洗練された医療を施せば、未来への希望は広がることでしょう」

 お医者さんのその言葉で、空気が少し、軽くなる。けれどそれは一瞬のことで、一度輝いた両親の瞳は、すぐにその輝きを失っていた。

「ただしその希望の裏側には、リスクが伴います。難航が想定されるその手術の成功率は、10パーセント。万が一失敗してしまえば、その時点で娘さんの命はもう、もう……」

 もうおしまい。十何年間しか生きられなかったこの人生に、ピリオドをうつだけ。

 再びずっしりと重くなる、場の雰囲気。診察室に、お父さんとお母さんの嗚咽が響く。

 言葉を選び直したお医者さんは、「万が一失敗してしまった時の、心の準備もしておいてください」という言い方に変えていた。わたしはそれを、頬笑みを保った表情のまま聞いていた。