その瞬間、ドキンと心臓が跳ねた。
 学校をサボることは悪いことだと自覚はあるから、わたしは咄嗟にうそをつく。

「も、もう夏休み期間に入っててっ」
「ああ、そっか。学生さんは、もうそんな時期か」
「う、うん」
「おだんごちゃんは、高校生?」
「そう。高校二年生」

 いいなあ、青春真っ只中じゃん。

 と、テメさんは両端の上がった口で言い、手元のウクレレをポロンと撫でる。「長期休み、最高だよな」と微笑む彼は、どこか昔を懐かしんでいるようだった。

 ポロンポロンとウクレレの弦を指先で弾き、「なっつやっすみ〜」と、自作の歌を口ずさみ出すテメさん。

 話す時は声の低い彼だけれど、歌う時はほんの少しキーが上がって、そしてハスキーボイスになるんだなあと思った。

「テメさんは、毎日なにをして過ごしているの?」

 たった今、なんとなく抱いた素朴な疑問を、ご機嫌に歌うテメさんにぶつけてみる。わたしにはホームレスの知り合いなどいないから、彼等の一日が見当もつかない。

 わたしの質問で、ウクレレの音がやんだ。同時にテメさんの歌声も止まると、目の前にある茶色いふたつの瞳の中に、わたしがひとりずつはっきりと映った。

「毎日死にませんよーにって神様に祈りながら、『いつかまた』を夢見て過ごしてるかな」

 その回答に、わたしははっと口元に滞在する空気を吸った。

「家族を失った俺の人生は、ただ今どん底で間違いなし。俗に言う、人生詰んだってやつよ。だけど生きてさえいりゃあ、こんな人生でもまた盛り返せる可能性があるわけだから、とりあえず命だけは大事にしとかねーと」

 そう言って、親指を立てたテメさんは、それを真横に傾けて、自身の胸元をとんと押した。

 水色のワイシャツの生地の下。そこにあるのは心臓だ。