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 海が見たくなったら、時々銚子に足を運んだ。

 真っ直ぐと伸びた水平線。その向こう側にいる和子を想う。

「父さん、和子のことを見守ってあげていてね」

 空に向けて呟く俺の頭上を、容易に飛び越えていく大きな旅客機。それに俺は親指を立てて見せ、よろしくなの意を込める。

「え!テメさんじゃん!」

 そんな海で、テメさんと偶然会った時は驚いた。しかも彼は、娘である玲ちゃんと手を繋いでいたのだから、仰天なんてものじゃない。

「あ、裕一くんじゃないか」

 波打ち際ではしゃぐ玲ちゃんに注意を向けつつ、俺に笑顔を見せるテメさん。
 鳩が豆鉄砲を食ったような顔しか作れぬ俺に、彼はこんなことを言ってくる。

「実は今、元奥さんと元サヤに戻って、俺も彼女の実家にお世話になってるんだ」

 だから俺の口には、また大量の豆が詰め込まれた。

「も、元サヤ!?テメエのテメって言われるほど、仲悪かったのに!?」
「こら、裕一くん。すぐそこに娘いるから」
「あ、すんませんっ。でもびっくりしちゃって……」
「彼女、元ヤンだから口は悪いほうなんだよ。ああ、俺の金を盗るくらいだから手癖も悪いか。まあ、でも今はそんなところも直してもらえるように話し合ったし、俺のことも(いつき)って、きちんと名前で呼んでくれてる」

 元ヤンの元奥さんと元サヤ。なんだそれ。

 職も家も失い、橋の下に住むホームレスにまで追いやられたというのにもかかわらず、一体なにをどうやったらこんな円満に物事が解決できるのかと、俺の頭はぐるぐるまわるけれど、それでもテメさんのこの幸せそうな表情を見れば、そんなことはどうでもいいかと思えてしまった。

 幸せな未来が訪れたならば、それでいいじゃないかと。

 ウクレレを持っていないテメさん……もとい、樹さんを少し残念に感じた俺は、「和子が帰ってきたらまた、歌声を聞かせてください」と告げて、彼と固い握手を交わす。

「それまでは、俺のスマホの中にある動画で我慢しますんで」
「あははっ。まだその動画、持ってるんだ」
「あたり前じゃないっすか。あんな美声、消せないっすよ」

 そう言うと、「びせー?」と俺等ふたりを見上げた玲ちゃんが、首を傾げていた。

「びせーってなに?おにいちゃん」
「パパの歌が、じょうずだねってことだよ」
「あ!それ、れいもそうおもうー!」

 キャッキャと喜ぶ玲ちゃんに、はにかむ樹さん。

 和子が帰国した際には、真っ先にテメさんの本名と、今日のことを知らせようと思った俺だった。