チリンチリン

 その日からの俺は、幾度も他者のベルに騙された。

 チリンチリン チリンチリン

 そんな和子ご登場の音が聞こえれば窓を開けるのに、そこに彼女の姿は微塵もなく、肩を落とした俺は、縋るように名前を呟くだけ。

「和子……」

 窓の外の景色がもし、鉄筋コンクリートだったとしたら、ここまでの虚無感を味わずに済んだのだろうか。

 自室から見える、青い空。
 季節が移ろうにつれて、入道雲は姿を消した。

 アメリカへと発つ空港で、和子は俺に、努めて明るくこう言った。

「ラインも電話も、一切しないから」
「は、なんで」
「だってわたしから返事が来なかったり、電話に出なかったりしたら、ユーイチはわたしになにかあったかもしれないって心配しちゃうでしょ?」
「そりゃ、まあ。う〜ん……」
「ほら、やっぱり。だからやめとく」

 あの時の俺が「そんなことねえよ」ってすぐさま返答していたならば、和子は俺と連絡を取り合うことを選んでくれていたのだろうか。

 声が聞けたって聞けなくたって、心配はついてまわるのだから、どうせなら聞こえたほうがよかった。

 だけど俺がそう本音を言えないのは、和子の前ではいつも、(したた)かでありたいから。