「すんません、テメさん。年下なのに偉そうなこと言っちゃって。こいつ、アメリカ行きが決定してから、なんかたくましくなっちゃって」
「え、アメリカ?おだんごちゃん、アメリカに行くの?」
「そーなんすよ。たぶんそこ行ったら、またたくましくなって帰って来ちゃうんで、言うこと聞いといたほーがいいかもっす」

 なにそれ、とユーイチの頭を叩くわたし。「イテッ」とマヌケな声を出したユーイチに、テメさんは笑っていた。

「そっか、そうだね。ちょうど居所を移そうと考えていたことだし、どうせなら銚子のほうへ行ってみようかな」

 そう言って、ポロンと奏でるウクレレ。思いがけない発言に、「「え」」とユーイチと声が揃った。

「え!テメさんってば、ここから移動しようと考えてたんすか?」
「そうなんだよ。なんかどうも、治安が悪くてね。この前ウクレレを奪われそうになった輩に、また喧嘩売られちゃってさ」

 他人の行き交う外で寝泊まりするには、危険が付きもの。

 それを承知してホームレスをやっているテメさんだから、彼等を責めるような言い方はしていなかったけれど、壁に囲まれて日々安全に暮らしているわたしは、ハラハラしてしまう。

「そろそろどこかに勤めて、アパート借りたほうがいいんじゃない……?」
「ははっ。自分でもそう思ってるとこ」
「ほんとに?仕事探してる?」
「まあ、うん。ちょこっとは」

 そう言って、ポロンとウクレレに逃げるテメさんは、うそをついているに違いないから、わたしはすっと立てた小指を彼の面前に突きつけて、とある提案をした。

「じゃあこうしない?わたしがアメリカから帰ってくるまでに、テメさんは再就職するって」
「えー、それっていつ?」
「うーん、まだわからないけど、わたしたちのこれまでの人生が、喜劇に変わる時かな」

 なんじゃそりゃ、とツッコむユーイチ。だけどこれは、自身が教えたチャップリンの名言だと知っているテメさんは、不敵な笑みを浮かべていた。

「それ、最高だね。おだんごちゃんのその案、のったよ」

 そうして約束の指きりを交わしたこの日を最後に、テメさんは小橋の下から姿を消した。