その時耳の底で聞こえたのは、いつだかに病院で言われたお医者さんの言葉。

 その心臓は半年もつか、はたまた一ヶ月としてもたないか。明日、突然止まってしまってもおかしくない状態にあります。

 もしも今、ここで心臓が止まったりしたら、わたしは親不孝者になってしまうのだろうか。

 アメリカへ行って手術を受けようと、懸命に訴えかけてくれたお父さんお母さんを突っぱねたこと、あの世で後悔するのだろうか。

 ケホ、と乾いた咳が出た。ちゃぷんと水面(みなも)三度(みたび)、なにかが跳ねた。

 静かな時間がしばらく流れて、ポロンとウクレレの音がする。

「そうか。まあ、生きてりゃそんな時もあるよな。ましてやおだんごちゃんは十代だろうし、そーゆーのも青春青春っ」

 歌うようにそう言って、再び優しい音色を奏でる彼。

 わたしにとっては『青春』のひとことでは決して片付けられない、最低最悪な今の家庭環境だけれど、ここで否定する気もさらさらないので、とりあえずは彼の見解に頷いた。

 ポロン ポロン

 いつまでも聞いていられそうな、心地の良い柔らかなリズムが、耳からすとんとわたしの中へ落ちてくる。

「おだんごちゃん、名前は?」

 そのメロディーに乗せるように、彼が喋った。

 今日出会ったばかりの他人(ひと)に、名前を教えていいのか束の間迷って、苗字を省いた本名を告げた。

和子(わこ)
「和子、か。いい名前じゃん」
「そうかな。漢字だと『かずこ』って読まれる時もあって、わたしはちょっとやだけど」
「てことは『平和』の『和』か。やっぱいい名前じゃん」
「あなたは?」
「俺?俺は内緒」
「は!?ずっる!」

 その瞬間、教えなければよかったと即悔いた。わたしも真面目に答えずに、「内緒」と言えばよかったと。

 突として放ったわたしの怒声には、彼が大袈裟に笑い出す。

「あははははっ。ごめんごめんっ。その代わり、あだ名なら教えてやるから」

 そう言って、笑みをしまって。真剣な瞳を寄越してくる。

「俺のあだ名はテメ。『テメエ』の『テメ』。昔一緒に住んでた家族からは、そう呼ばれてた」