「まさか…ね。この距離から、部屋にいるわたしの姿に気づくはずもないもの」


そんなことをぽつりと漏らす和葉。


そのとき、部屋の外から足早に階段を上ってくる音が。

その足音は和葉の部屋の前で止まり、手荒にノックをすると、和葉の返事も聞かずに部屋のドアを開け放った。


やってきたのは、立派な黒い着物に身を包んだ貴一。


「和葉、こんなところでなにをしている。お前も客間へきなさい」

「…え?でも、今日は乙葉の縁談の挨拶では――」

「だからこそだ。将来、黒百合家を継ぐ大事な乙葉の縁談。上辺だけとはいえどのようなものか、和葉も見ておくといい」

「は…はい!」


驚きながらも、和葉は少しだけ頬がゆるんだ。

妹の縁談の場に居合わせるということは、『家族』として見てもらえているのではないかと。