「も〜、お母様ったら褒めすぎよ。まあ、わたくしの容姿なら、だれもが妻として横に連れて歩きたいでしょうけど」


乙葉の部屋からは、2人の楽しそうな声が聞こえる。


和葉は、自分の部屋へこもって読書をしていた。


今日に限ったことではないが、今日の主役は乙葉。

陰のような存在の自分は、物音ひとつ立てずにじっとしておこうと。


しばらくすると、なにやら外が騒がしい。


「旦那様、奥様!東雲様のお車がお着きに…!」


廊下からは、そんな使用人の声が響いてくる。

和葉は読んでいた本を閉じると、部屋の窓へと向かった。


和葉の部屋は、左側に玄関が見える位置にある。

窓の陰から様子をうかがえば、少しだけ来客の姿が見えるのだ。


黒百合家の門をくぐってやってきたのは、紺青色(こんじょういろ)の着物を着て、和傘をさす1人の男。