これまでの絶対的な信頼を失くし、呪術で財をなすことができない2つの呪術家系は、衰退の一途をたどるしかなかった。
和葉と玻玖は静かな田舎に越してきて、そこでこぢんまりとした家で夫婦仲よく暮らしていた。
そして、その家にはもう1人住んでいる。
それは、顔全体を覆う狐の面をつけた――。
そう、菊代だ。
和葉はあとから聞かされたのだが、驚いたことに菊代は人間ではなかった。
家族のいない玻玖が、枯れ葉に妖術を込めて作り出した人型の幻術だった。
つまり、東雲家の屋敷にいた使用人すべてが幻術。
とくに菊代は、300年も前からずっと玻玖のそばに仕えてきた。
玻玖が瞳子といっしょに亡くなってからもずっと、代わりに東雲の屋敷を守り続けてきた。
玻玖が持っていた瞳子の写真も、玻玖が転生してくるまでの間、菊代が300年間大事に持っていたのだった。
「だから、あのとき言ったではありませんか。『私なら大丈夫です。あとでまたお会いしましょう』と」
菊代は和葉にそう言って笑ってみせたが、和葉は再び菊代に会えたうれしさで、泣きながら抱きついた。
玻玖と和葉は、互いに自分の力を制御できるように、日々修練している。
玻玖は、ゆっくりとではあるが火を克服しつつある。
妖術も押さえられるようになり、満月の日以外で面を外すことも徐々に増えてきた。
和葉は、『森羅万象ノ術』を人々の暮らしに役立てようと、玻玖に呪術を教わっている途中。
このなにもない田舎町では、玻玖の呪術はとても重宝されている。
また、近くに医者がいないということもあり、玻玖と和葉の家にはケガをした村人たちがやってくる。
しかし、呪術で成り上がるつもりのない2人は、決してお金は受け取らない。
「こんなケガを治してもらったというのに、せめてこれだけでも…!」
「お代なら結構です。気にしないでください」
「…しかし!」
「それなら、にんじんをいただいてもよろしいですか?山本さん家の畑で穫れるお野菜はみなおいしいと、村の人たちから聞きましたので」
「そんなものでいいのですかえ?」
「はい!」
それを聞いていた玻玖が、青ざめた顔で和葉の肩をたたく。
「…待て、和葉。にんじんは――」
「玻玖様。にんじんを食べられなくては、村の子どもたちに笑われますよ?」
和葉に言われると、玻玖はぐうの音も出ない。
こうして2人は、ささやかではあるが幸せ溢れる毎日を過ごしていた。
「和葉、愛してる」
「玻玖様、わたしもです」
今日も玻玖と和葉は、ともに月を見上げながら永遠の愛を誓い合うのだった。
『今宵、この口づけで貴方様を――』【完】
『今宵、この口づけで貴方様を――』を読んでいただき、ありがとうございます!
わたしの中では初のあやかしもので、初の和風ファンタジーでした!
今年に入って、和風ファンタジーにものすごく興味を持って、理由は単純で…着物がかわいい!というだけなのですが。笑
近いうちに書いてみたいなと思っていたところ、ちょうどスタ文大賞で和風ファンタジーのジャンルがあることを知って、急遽エントリーすることにしました。
ただ、そのときには締切まで1ヶ月しかなかったので、当初は8万字で完結させるつもりでした。
それがあれよあれよと、結局エントリー最大文字数の13万字ギリギリになってしまいました…!
1ヶ月以内で13万字も書いたのは初めてのことで、毎日すごく大変でしたが新たな自分の力量を発見することもできました。笑
王道の和風シンデレラストーリーの中にオリジナリティを入れたくて、ヒロインがヒーローの暗殺のために嫁入りするという設定にしてみました。
殺さないといけないのに、溺愛されてしまい、徐々に心が惹かれていく…。
そんなじれじれな感じが個人的にはたまらんと思いながら書いていました。笑
読者様にもこのじれじれに共感していただき、何度も和葉を苦しめる問題に腹を立て、そこから救い出す玻玖のかっこよさにキュンしていただき、和葉を虐げていた人たちに『ざまぁ』と読みながら思っていただけていたらうれしいです…♡!
中小路かほ