「なに言ってるの〜。そんなわけないでしょ。黒百合家は300年もの間、神導位の地位を授かってるのよ?」

「でも、旦那…。『月光晶(げっこうしょう)』をお持ちでなかったような…」


使用人が言う『月光晶』とは、淡い黄金色の輝きを放つ珍しい水晶のことだ。


まるで月の光のような美しさから、呪披の儀の場ではそう呼ばれ、帝から託される神導位の“証”である。


神導位着任中はそれをあがめ、家宝として守る義務が与えられる。

そして、次の呪披の儀の際に帝へ返還し、新たな神導位に授けられるのだ。


つまり、300年間神導位を任されていた黒百合家には、その間ずっと月光晶は屋敷で大切に保管されていた。


持ち出しが許されるのは、呪披の儀に赴くときのみ。


今回の出発時も、桐箱に収めた月光晶を貴一が大事そうに抱えて車に乗り込んだ。