その匂いは風にのって、乙葉を呼び寄せてきた。


「あら、おいしそう。今日の夕食はさんまの塩焼きね」

「そうよ。…ところで乙葉、いつまでもお客様気分ではなく、少しは菊代さんたちのお手伝いをしたらどうなの」

「まあ!お姉ちゃんったら、わたくしに使用人の仕事をしろとおっしゃるの?」

「そういうわけではなくて、乙葉も結婚するのだから…。清次郎さんにおいしい食事を作るための練習くらい――」

「だから今は、清次郎さんの話も出さないで!」


乙葉を諭すつもりが、逆にへそを曲げてしまった。


そもそもは自分が悪いというのに、貴一と八重に叱られる原因となった清次郎に、乙葉は腹を立てていた。


「それにわたくし、まだ清次郎さんと結婚すると決めたわけではないから」

「え…?この前、結納を交わしたというのに?」