看板は達筆な文字で「菓瑞」と書かれていた。
なるほど、嘉瑞を文字ったのか。めでたいしるし、という意味の言葉だ。なかなかいいセンスだな、と顎を摩った。
どうやら和菓子屋のようだ。
甘いものはそこまで好きでは無いし空きっ腹に和菓子か、とも思ったが他に空いている店は無さそうだ。
腹の虫を鳴らしながら二時間半も電車に揺られるのもなと思い、店の扉に歩み寄った。
『権宮司! ちゃんと聞いてください! それで今日は何時にお戻りになるんですか!?』
「聞いてるって、多分三時間後くらいになるかな」
『三時間後!? お相手のお嬢さまはもう十分かそこらで着くって連絡ありましたよ! どうするんですか!』
「それは宮司が勝手に用意した席でしょ。俺は嫌だって言ったし。そもそもまだ嫁さん貰う気はないってあのタヌキジジィ────宮司に言っといて」
宮司、隆永の父親がいつもは険しい顔ばかりする癖にその日はやけに機嫌の良い顔で一枚の写真を見せてきた。
夕飯の席で、嫌な予感を感じてその写真を視界に入れないようにテレビに目をやると、顔の前に突き出された。
『勘弁してよ親父……』
箸を置いた隆永は鮮やかな朱色の振袖を身にまとった少女が映る写真をちらりと見て顔を顰めた。
『見合いの話が来てる。宜家の分家のお嬢さんだ、お前もあったことあるだろ。再来年から専科にあがるらしい』
『再来年から専科って……まだ十六か七じゃん。幼女趣味はないんだけど』
『相手は十代でも、お前はもう二十七だ。神々廻家長男としてそろそろ身を固めて後継を産ませろ』