1991年、秋。

都心から車で一時間半の山の麓にある小さな町に少し寂れたアーケード街があった。

そのほとんどは錆びたシャッターが降りて看板は雨と砂埃で薄汚れている。日に焼けた張り紙が風に煽られてぱたぱたと音を立てていた。

なんとか営業している店も昔なじみの客ばかりで夕暮れ前には早々に店を閉めているらしい。だから夕飯時になると、そこを歩くのは野良猫か乾いた落ち葉だけになるのだとか。


「なんだ、ここも閉まってるじゃん」


ただでさえよそ者は浮いてしまうこの街で、神職であることを示す白衣(はくえ)に紫色の袴を身につけた和装の青年は顎に手を当てて唸り声を上げる。

たまたま下校中だった部活帰りらしき女子高生二人組が、その一風変わった男の後ろ姿をちらちらと気にしながら通り過ぎる。


視線に気がついた青年は振り返って微笑んだ。

「わっイケメン!」「何かのロケかな!?」女子高生達は頬を赤らめて手を振る。

気前よく手を振り返した青年────神々廻(ししべ)隆永(りゅうえい)は「どうしたものかねぇ」と歩き出した。


今日は仕事の依頼でここへ来ていた。

本来ならばわざわざ隆永が出向くほどのことではなかったが、今日はたまたま社務所内が騒がしく、かかってきた電話を珍しく隆永が対応し、そして今日はどうしてもこの時間に外に出ていたかったので「ああ、では私が赴きます」と二つ返事で答えた。

今はその帰りで、山の近くまで来たなら蕎麦を食って帰らねばと思い立って、依頼客にいくつか美味い蕎麦屋を教えてもらった。


残念ながら最後の一軒も営業を終えて暖簾を下ろしていたのだけれど。