「でも大事なこと忘れてるよ。薫の呪と同じだけの言祝ぎを俺は持ってる。つまりどんな言霊でもお前が唱えたものなら俺は打ち消せる」
自分が唱えた祝詞と全く同じ祝詞を奏上した芽は、自由になった手足を軽く振りながら立ち上がるとまた背を向けて歩き出す。
「芽ッ! 芽!!」
何度呼んでもその声は芽に届かない。
その背中に手を伸ばした。届かず宙を掴み、足がもつれて前のめりに転ぶ。
「嬉々ッ、頼む止めて、芽を止めてくれッ!」
振り向いて嬉々を見上げた。
嬉々が泣いていた。嬉々がここまで感情を見せたのは初めてだった。
「呪詛鬼神に帰命し奉る 一切祈願成就……!」
嬉々が祝詞を叫んだ。
その瞬間、芽が背中を蹴飛ばされたようにつんのめり数歩前へ歩いた。
うめき声が聞こえて、芽は顔を押えているようだった。
「行くな馬鹿野郎! 戻れ戻れ戻れッ!」
嬉々の頬を大粒の涙が流れ落ちた。
その声に芽の肩が揺れる。右目を押えた芽がゆっくりと振り返った。抑えた指の間から違う滴り落ちる。
「……ごめん。でも、こうするしかないんだ。俺はもう戻れないよ」
芽が微笑んだ。
自分たちが知っている笑顔だった。
「帰ってこいッ! 俺が戻れるようにするから! 待ってるから、ずっと……ッ!」
あの日お前が"ずっと守ってあげるからね"そう言わなければ。
俺がその言葉を否定していれば、何かが変わっていたのだろうか。
お前がたった一人で歩いて行ってしまうことなく、これまでもこれからも四人並んで肩を組んで、歩いていくことが出来たのだろうか。
そして芽は、姿を消した。
いくら探しても見つからないほど遠い所へ行ってしまった。