「もうやめなよ、芽。頼むから、」



絞り出した声は情けないほど弱々しい。



「やめないよ」



芽が小さく首を振った。

そしてジーンズの後ろポケットから掌くらいの大きさの小瓶を取り出した。

顔の前に掲げて軽く振る。




「空亡の残穢だ。これだけじゃ何の役にもたたないけど、妖に取り込ませるととても便利な代物になる」



禍々しい紫暗の靄がそれを持つ芽の腕の周りにまでまとわりつく。

その光景に息を飲んだ。



「別に空亡側につくつもりわないけど、丁度いいから利用させて貰ってる。俺には言祝ぎしかない、つまり人を殺せない。だから本庁の奴らやわくたかむの社は、これを取り込ませた妖を放って襲撃させた。今後もそうするつもりだよ」



笑みを浮かべているはずなのに、その瞳は笑っていない。何も映さない冷ややかな目だった。



目の前にいるのが本当に自分たちの知っている芽なのか分からなくなった。

あれは本当に芽なのか?

自分たちと机を並べ勉強し、池で亀を釣って罰則を食らって、くだらない映画を見て文句を言って、小さな事で腹を抱えて転げ回って。


クラスメイトの、友達の、親友の、神々廻芽なのか?




「皮肉だよね。安全な場所でぬくぬくと生きてきた奴らも結局は空亡に食われるんだから」