その日の昼過ぎ、珍しく帰り支度を整えている隆永を幸はチラチラと気にしていた。
今までは閉店時間までいたはずなのに、今日はまだ四時間しか経っていない。
商品のポップを書くフリをして隆永の気配を伺っていると「幸さん」と頭上から名前が呼ばれた。
びくりと肩を震わせて顔を上げると、隆永が申し訳なさそうな顔で微笑み自分を見下ろしていた。
ばくん、と鼓動が波打つ。そんな自分に戸惑いが隠せず、不自然に隆永から目を逸らした。
「ちょっと仕事の方が忙しくなって、今日はこれで帰るね。店手伝えなくてごめんね」
「べ、別にいいですよ。今まで私ひとりでやってきたし」
天邪鬼な性格はスラスラと意地っ張りな言葉を口にする。
「それと、これからそんなに頻繁に来ることが出来ないかもしれない」
「今までがおかしいんです。お仕事あるくせに毎日遊びに来て、何やってるんですか」
「あはは、耳が痛い」
隆永の顔をちらりと見上げて、自分の頬が熱くなった事で慌てて目を伏せる。
「落ち着いたらまた来るから、他の男作らないでね」
いつもの調子でおどけたふうにそう言った隆永は、厨房の清志へ声をかけに行った。
一言二言言葉をかわすと、丁寧に頭を下げて隆永が戻ってくる。
「また来る」
そう言って幸の頭に手を乗せると、店を後にした。