「薫、"止まれ"って言うの、そうしたら全部収まるから。できるよね? たかくてまるくてやさしい声よ」
たかくてまるくてやさしい声、いつも出かける前に薫に伝えていた言葉だ。
「でも、僕……」
「薫ならできる。なんにも怖くない。お母さんが付いてるから」
視線を泳がせた薫は、やがて自分を見上げて小さく頷く。褒める代わりに力いっぱい抱きしめた。
たかくまるくてやさしい声、薫が何度かそうつぶやく。
そして幸の肩口に顔を埋めて叫んだ。
「────止まれッ!」
一瞬にして風が凪いだ事よりも、自分の体に起こった異変に目を見開いた。
大きく心臓がはねたかと思うと、まるでリズムを忘れてしまったかのように心臓の拍動の間隔が狂い始める。拍動が弱まっていくのを感じると同時に身体中が震え出した。
薫が恐る恐る離れて行った。遠のいていく小さな背中に伸ばした手は宙を掴み、そのまま床に倒れ込んだ。