季節はまだ秋とはいえ夜はぐんと冷え込む。着物だけではもう寒いな、と袖に手を入れて腕を組んだ。
それにしても、と塀の影や電柱の裏へ視線を向ける。
どれも害のないものばかりだが、この街はやたら妖が多い。
こちらの様子を伺う目が、目視できるだけで十はいる。自分のような者が物珍しいのも一因ではあるのだろうけれど。
からから、と後ろで戸が閉まる音がして幸が駆け寄ってきた。
「お待たせ、しました」
「ん、行こうか。あ、手繋ぐ?」
ボッと顔を赤くした幸の平手が飛んできた。
いてて、と右頬を擦りながらぷりぷりと怒って先を歩く幸の背中を追いかけた。
この遠慮ない平手もいいねと笑う。
幸は潤んだ瞳で隆永を睨んだ。
「そんな性格じゃ、色んな女の人から殴られてるじゃないですか」
「あはは、親父にもぶたれたことないよ」
「……隆永さんってもしかして、すっごくいい所のご子息だったりします?」
「いい所のご子息ってほどでは無いけど、まあそれなりに有名な家系って感じかな」
へえ、と幸が興味深げに相槌を打つ。幸が己に興味を示すのは珍しい。
それなりにと伝えたが、この界隈の人間なら神々廻の名前を聞けば誰でも知っていると答えるだろう。