「薫、落ち着いて。大丈夫、絶対大丈夫だから」



その言葉がじんわりと胸に染み込む。強ばっていた肩の力が抜けていく。

幸の背中に手を回して肩に顔を埋めた。




「薫、"止まれ"って言うの、そうしたら全部収まるから。できるよね? たかくてまるくてやさしい声よ」

「でも、僕……」

「薫ならできる。なんにも怖くない。お母さんが付いてるから」



黙り込んだ薫はやがて「分かった」と小さく頷く。幸が抱きしめる腕に力を込めた。

たかくてまるくてやさしい声。そう声に出してみれば、喉の震えが少しづつ収まっていく。


薫はぎゅっと目を瞑り、幸の肩口に強く額を押し当てて叫んだ。




「────止まれッ!」




ふ、とまるで時が止まるかのように風が止んで視界が晴れた。

あれほど激しく吹き付けていた風の轟音も無く、ただ夜の静けさと、水浸しになった天井から滴る雨水の音だけが響く。


幸の手がするりと解けて、薫は弾けるように当たりを見回した。



「……っ、芽!」



稽古場の入口で隆永に抱かれて泣きじゃくる芽の姿を見つけた。

ほっとした次の瞬間、幸の体が傾いた。傾いた体は重力に逆らうことなく前のめりに倒れて鈍い音を立てて床に伏せる。


力なく閉じられた目と青白い顔を呆然と見下ろす。




「幸ッ!!」




隆永が叫びながら走ってくるのが見えた。

自分の真横を通り過ぎて、床に倒れ込む幸の体を抱き起こす。