「なんで稽古場なの……?」
芽に手を引かれてやってきたのは稽古場だった。中は鼻先すら見えない真っ暗闇で、怖々と両手を前に出して中へ入る。
懐中電灯を付けて顔の下から照らした芽が「バァッ」と声を上げる。
ヒッと息を飲んだ薫は顔をひきつらせて固まった。
「あははっ、薫ってばビックリしすぎ! 稽古場に来たのは、これから奏上するのが祈雨祝詞だからだよ」
この数週間で薫から習ったのは神修初等部三年生の進級課題である祈雨祝詞、名前の通り雨を祈る祝詞で奏上することで天候を司り雨を降らせることが出来るらしい。
手本として初めて芽が奏上するのを見せた際には社の敷地全てを覆うほどの分厚い雲がもくもくと湧き出し、通り雨のような雨が降った。
突然の雨でびしょ濡れになって、次の日に少しだけ風邪をひいた記憶はまだ新しい。それに祈雨祝詞が使われた事に気付いた隆永がタチの悪い悪戯だと思って犯人探しを始め危うく叱られる所だった。
芽は意味があって稽古場に来たらしいが薫には理解出来ず余計に首を傾げる。
「前は社中に雨をふらせて怒られそうになったでしょ? でも今度は部屋の中で奏上するから、この中しか雨は降らない……と思う!」
「"と思う"なんだ……」
自信満々にそう付け足した芽に余計不安が募る。