よ、と格子から手を離して飛び降りた薫は芽が置いていった巾着を拾い上げて金平糖をひとつ摘んだ。


新しい祝詞、教えて貰えるんだ。

病気を治す祝詞とかあるのかな、そしたらお母さんも具合良くなるかな。お母さん、びっくりするかな。


ふふ、と頬を緩ませる。

頑張るぞ、と意気込んだその時、ぴしゃんと勢いよく稽古場の扉が開いて薫は飛び跳ねた。


弾けるように振り返ると、そこに立っていたのは芽ではなく隆永だった。

肩で息をしながら険しい顔で薫を見据える。雪駄を脱ぎ捨てて大股で歩み寄った隆永は薫の肩を強くつかんで揺すった。



「誰かに話したのか!」

「えっ……」

「誰かに話したのか!?」



なんの事だか分からずに体を硬直させていると、隆永は膝を着いて薫と目を合わせた。



「昨日父さんと約束しただろ。今日のことは誰にも話してはいけないって」

「あ……うん」



昨日の本殿の話をしているのだと分かってぎこちなく頷く。



「誰かに話したのか?」

「ぼ、僕話してない……! 約束したもん、話さないって!」

「嘘はついてないな?」

「つかないもん……! 芽にも、お母さんにも話してない……!」



必死にそう訴えた薫に、隆永は「そうか」とだけ言うと深く息を吐き項垂れた。

そんな様子の隆永に薫は困惑する。


誰にも話していないのは本当だ。声に出して約束した。だからあの後芽と会っても、今朝幸と朝食を食べた時も何も話さなかった。